ブログあかなみ

2019.02.14

[225]話し言葉と書き言葉

先日、国語の授業を実施していたところ、「話す」「書く」は全く違う行為だという文を見た。

このブログはほぼすべて「書き言葉」である。「話し言葉」で書くと恐らく読みづらくなるだろう。

また「話す」は基本、その場限りである。録音などで残すこともあるが、例えば歌手のライヴ音源などを聞いた言葉あるが、臨場感があふれるというより、違和感がある方が多いかと。ライヴに行った人が聞けば違った感想が出るかもしれない。

「書き言葉」の方が言葉のチョイスが難しい。イントネーションやジェスチャーなどで表現できないからだ。当ブログでも、コチラの意図しない方向にとられていたケースもある。言葉選びに注意したい。

これから作文などを書く予定のある皆さんはそういう部分にも気をつけてほしいと思う。

なお当ブログだが、もしかすると次の更新まで間があくかもしれない。

最後までお読みくださりありがとうございます。
(I)

 
2019.02.09

[224]スマートフォン

今日は私立高校入試である。関ゼミからも中3生が入試に向かっているはず。ぜひ合格の栄冠を勝ち取ってもらいたい。

いきなり違う話になってしまった。ここからが本題。

今回のテーマは「スマートフォン」。今日日中学生・高校生でもスマートフォンを持っている人は多い。只今このブログをスマホでお読みになっているかもしれない。

ところであなたは、スマホがあなたの都合に合わせているのか、スマホの都合にあなたが合わせているのか、考えてほしい。

スマホを使い始めたらやめられなくなる人は「スマホの都合にあなたが合わせている」側だといえる。いわゆる「依存症」の入り口に来ていることになる。

あなたのスマホ使用が生活に影響を及ぼしている(例:勉強時間が削られる、睡眠時間が少なくなっている)かどうかもう一度客観的に考えてほしい。それは「影響を及ぼしていると答えるとスマホを取り上げられるから」などという話を抜きにしてきちんと見直してみよう。

関ゼミでもスマホ使用に夢中で勉強などそっちのけ、というシーンを見たことがある。

スマホに興じているのは構わないが、自分できちんと歯止めをかけられない人は残念ながら使用しない方が良い、という当たり前のことを申し上げておこう。

一方で、私にスマホを預けて勉強する人がいらっしゃる。また、事務所で本をどけるとスマホが出てきたなど、思わぬところかスマホが出てきたことがある。これはどちらも「勉強中にスマホへ手を出さないように」ということだそうだ。自分でスマホ使用を制御できている証拠だ。

上手にスマホと付き合うようにしてほしいと思う。

最後までお読みくださりありがとうございます。
(I)

 
2019.02.05

[223]ネガティヴワード

「自分の話を一番聞いてくれる人は誰だ?」

どの人も答えは同じになるはずである。それは「自分自身」だ。

したがって自分の発言は自分自身を形成する大きな要因になる。「マインドコントロール」という言葉があり、周りから聞いた言葉が自分の考え方を変えていくということみたいだが、それになぞらえると自分の発言が自分自身をコントロールしていくことになる。

したがって「入試で落ちるかも」などと言っていると知らず知らずのうちに自分自身を「入試で落ちる」という不安に追いやってしまう。嘘でもいいから「必ず合格して見せます」などと言おう。そうすれば少しでも自分を鼓舞できる。こちらの記事のように自分が発言したことを実現できるようになってほしいものである。

最後までお読みくださりありがとうございます。
(I)

2019.01.31

[222]ライオン

明日から本格的に大学入試が始まる。また高校入試も目前に迫ってきた。

そこで今回は曲で受験生にエールを送る第2弾をおこなう。第1弾の[220]YELL~エール~もご覧ください。なお、この記事で述べた啓明学院中学を受験した生徒は合格したそうだ。私は朝4時半に起き6時前にを出てこの生徒の応援に行ったが、その甲斐があった。

今回はベリーグッドマンの「ライオン」という曲を紹介したい。

受験生に送れる歌詞が多くいい曲だと感じた。いろいろなところを紹介したいが、ここではこの部分を。

後悔を嘆くより ぶれない決意を
明日の君は今日の君を超える

日々成長していると考えて目の前にある「受験」という高い壁を越えてほしいと思う。

最後までお読みくださりありがとうございます。
(I)

2019.01.26

[221]新しいものは早く

今回は「5月からの元号発表が遅い」ことを取り上げる。

「元号なんて使わない」という若い人は増えた、特に2000年を境に減った感がある。自分の生年月日を昭和や平成で答えてもらおうとすると、1900年代の人はすっと言えるが、2000年代の人は考えて話すことが多い気がする。若い人の元号離れは深刻なくらい進んでいる。

ちなみに私はほかの人よりかなり多く元号を使っていると自負している。例えば手紙。私の作ったモノは大概「2019年」ではなく「平成31年」である。例えば当ブログでも[130]学習指導要領改訂の影響で英語が厳しくとか[140]次期学習指導要領導入日程などわざわざ元号を無理矢理使っているくらいである。特に理由はナイが、元号を使いたいと思う。

平成の次の時代だが、4月になってから新元号の発表があるとか。

はっきりいって遅すぎる。御託を並べて発表を遅らせているが、純粋に迷惑以外の何物でもナイ。こういうところは杓子定規的考え、仕事が遅い、ということが多く常識外れだと思う。

ところで、こういう考えは私たちにもあるかもしれない。今はものすごい速さでいろいろなことが変わっていくので時代に取り残されてしまうかも。すでに私は一部のカテゴリで時代に取り残され始めている。中にはもう諦めていることもあるが、ホームページ更新の新機能などは便利なモノは勉強して取り入れていきたいと思う。

具体的には、今回「新中1準備講座」の申し込みをホームページからできるようにしてある。不確定要素はあるが、「春期講習」や各種「模試」もホームページから申し込みをできるようにする「計画」である。「新中1準備講座」では学籍番号があれば、入力の手間もできるだけ省くようにしていて、これはほかでも踏襲する「計画」である。ただし、あくまでも「計画」なので実現できないかも。

ということで少し気が早いが、春期講習や模試の申し込みはホームページからジャンジャン申し込みをしてください(できなかったらどうしようと危惧しているが無視して書いてしまった)。

最後までお読みくださりありがとうございます。
(I)

2019.01.14

[219]アンマー

今回のテーマ「アンマー」は沖縄の方言で「お母さん」という意味がある。

わざわざこの方言を取り上げているのは理由があり、このアンマーは「かりゆし58」というバンドの歌を聴いてほしいからである。

ということで例によってYouTubeのリンクをつけてしまおう。
【注】音量に気をつけてクリックするようお願いします。

今、中学生・高校生だとなかなか親の気持ちが分かるということはナイだろう。しかし、この歌を聴いて親とはこういうモンだということを少し感じてもらえれば、と思う。

これ以上私が御託を並べるより、実際に歌を聴いてもらう方がいいと思うので、今回はここまでとする。

最後までお読みくださりありがとうございます。
(I)

2019.01.09

[218]疲れは万病のもと

新学期が始まった。休みの期間と生活サイクルが変わり、疲れを感じている人をいらっしゃるだろう。

また、受験生は、毎日の勉強で疲れを感じている人も多いハズ。

しかしこの疲れ、なるべくその日のうちになくしておこう。今日のタイトル「疲れは万病のもと」だからである。

風邪をひいてしまうのもマズいが、風邪は薬などで治すことができる。

疲れは借金と同じで、返済しないとなくならない。疲れをためることは借金を増やすのと同じ。借金を増やすといずれ生活が破綻するように、疲れをためるといずれ生活が破綻する。実際私は疲れをためすぎて戦線離脱せざるを得ない状況まで追い込まれた。

特に受験生はするべきことも多く大変だが、疲れは必ず早いうちにとっておこう。もちろん、受験生でなくても同じである。

最後までお読みくださりありがとうございます。
(I)

2019.01.02

[217]Be kind to old people.

新時代の幕開けである。ご存じのとおり今年は「平成」が終わり、次の元号に変わる。しかし、だからと言って無意味に「平成最後の」をつけるのは如何かと思う今日この頃。

問題発言の多いブログだが、今年もよろしくお願いいたします。私も今日から授業である。

今回の話題が新年早々のモノとは違う気がして恐縮ではあるが、ご容赦願いたい。

昨年末におばあさんが倒れたという話を聞いた。このおばあさんにはお目にかかったことはナイが、1日も早くお元気になることを願っている。

お目にかかったことはナイ人なのに元気になることを祈るのはなぜ?という疑問が出るかもしれない。それは自分が祖母を早く亡くしているので同じ運命をたどってほしくないからである。

私の祖母は2人いて、父の母は私が小学3年生のときに亡くした。享年70歳である。当時の父は今の私よりも若かった。母の母は私が中学2年生にあがるときに83歳で亡くした。当時の母も私より若かった。どちらもだいぶ昔の話で記憶はなくなりつつあるが、一部は残っている。

母は自分の母のことを次のように申している。

「自分の母は土葬なので、その墓に行くと、実際はそうでないと分かっていても、母が墓の中に棺を埋めた状態で残っていると感じる。雨が降れば濡れてしまう、雪が降れば寒くないだろうか」

この文章を書いていて少し寂しい気分になってしまった。

先ほどの話に戻ると、お目にかかったことはナイ人に元気になることを祈るのはなぜ?ということだが、皆さんにはまだまだ若いのにそんなうちからこのような悲しい・寂しい想いをしてほしくないからだ。このような想いをしなくてすむのはやはり1日でも長く生きてもらうことだろう。だからお目にかかったことはナイ人であっても早く元気になってもらいたいのである。

ということで、当該生徒にお願い。このおばあさんが「元気になった」という情報を待っています。

そういえば当ブログでタイトルが英語というのは珍しい。初めてかも?[45]ヒーローズとかでもわざわざカタカナ表記にしているくらいだから。

今年のブログ更新予定であるが、いつものとおり「予定はない」。不定期更新となるだろう。ただ最近、私の体調維持がやや難しくなっていることを考えると、前年より更新ペースの鈍化が予想される。半分以下になる可能性も。なるべく更新ペースを鈍化させないようにしたいと思う。

最後までお読みくださりありがとうございます。
(I)

追記:このブログを書いたそのあとに別の人からおじいちゃんが亡くなったという話を聞いてしまった。本当に残念な話である。ご冥福をお祈りするとともに、より一層1日も長く生きることが大切だと感じさせられた。

2018.12.31

[216]1年を振り返る

今日午前をもって平成30年の授業が終了。皆さん「1年間お疲れ様でした」。私の今年を振り返ってみる。

まず1月の中学入試。この日は関学中学部には(小学生科の)中野先生が向かったので、私は朝6時前に家を出て啓明中学を受ける生徒の応援に行った。2日目は関学へ。

2月1日には関学(大学)に行った。雪の降る寒い日だった。翌週叔父(父の弟)を亡くし、1日だけの休みをいただくはずだったが、同時にインフルになり、その週全部を休んでしまった。この影響で高校入試直前の指導は代講の先生に担当してもらうことになる。また当日の応援は(私一人だけが)中止。家族3人同時にインフルという無茶苦茶な事態にもなった。

5月には別の叔父(母の兄)を亡くす。母にとっては父親代わりの兄で、私もかわいがってもらった叔父である。ここでも2日間休みをいただく。休み明けの日にに関学中学部の体育大会に行った。

7月は例年どおりAO模試を関学(大学)で実施。この頃から暑さが「半端ない」状況だった。ちなみにこのAO模試を受けた生徒はすでに全員が大学合格を勝ち取っている。

11月に関学高等部・中学部の文化祭へ行く。その感想は[202]文化祭後記で書いた。ちなみに関学中学部関連の話をすると校内マラソン大会も見に行った([210]マラソン大会もご覧ください)。これに前後する時期に生徒2名が部活中の怪我で戦線離脱。けがをされたアナタは気をつけてください。とは言っても気をつけていても回避できる事態ではないか。

12月は兄が1週間程度入院。期末テストと重なり酷しい状況に。

さらっと書いたが「あっこれ今年だったんだ」と思うようなこともあった。

そしてこのブログ、だんだん駄文が増えてきたような気がするが、来年もよろしくお願いします。

それではよいお年をお迎えください。

最後までお読みくださりありがとうございます。
関学ゼミナールブログでは、コメントを受け付けております(一部除く)。右にある「コメント」をクリックして書き込んでください。
※ほかのブログをお読みになる場合はこちら
(I)

2018.12.24

[215]餅つき大会

今日の内容は確実に皆さんにとっては何の役にも立たない、単なる私の行動日記なので、それをご了解の上お読みください。

23日に私が餅つき大会に行った、そのときの行動日記である。ある意味、個人のブログ・SNSらしい内容といえるかもしれない。関ゼミブログとしては失格かも。

まずは桜森町行きのバスに乗って現地へ。私が働いていた頃にはなかったバスだ。
桜森町行きのバス
(桜森町B.C.行きのバス)

餅つき大会の会場に到着。
餅つき
いつもより人が少ない印象。

これだと何の集まりかよく分からないので、実際に餅をついているところを掲載しよう。
餅つきと池
この写真の奥に池があるのだが、去年に続いて池に氷が張っていない。気温が高いことが分かる。池に氷が張っているのが普通だったが、これも温暖化の影響か?

もう1枚撮ってみた。
餅つき中学生
地元の中学生も参加しているようだ。以前だと私の教え子だった可能性もあったかも。ちなみに実際に教え子に会ったこともある。

餅を待つ人の列。
餅つきの列

私も並んでみた。
餅
私がもらったモノであることが分かるよう、私の腕時計も一緒に写してみた。

帰りに関ゼミへ寄った。この日は日曜日だったが、それでも頑張る皆さんに差し入れを。とはいっても差し入れは餅ではなく、御座候だが。
関ゼミ

この地は私が講師としてデビューした地域であり、[114]文化祭で感じたこと[115]サウダージで述べたのはこの地で講師をしていた頃だ。

ということで今回の「日記」は終了。本当に皆さんの役には立たない情報で失礼しました。こんな無意味な文章を最後までお読みくださりありがとうございます。

関学ゼミナールブログでは、コメントを受け付けております(一部除く)。右にある「コメント」をクリックして書き込んでください。
※ほかのブログをお読みになる場合はこちら
(I)

ページのトップへ
© 関学ゼミナール All Rights Reserved.