ブログあかなみ

2018.10.20

[198]年齢相当の行動を

今日、あの人のあれが達成されたので、当ブログの更新はペースダウンすることになるだろう。

とはいっても今回の分をこれで終わるとさすがに中身が全くナイので、感じることを書いてみよう。

今回のテーマは「年齢相当の行動を」。これは最近頓に感じるようになったことだが塾内でも年齢の割に幼い印象を受ける人がいる。

自分が高校生・中学生のときこんなに幼い行動があったかな?回顧してみる。まあ、多少行動が幼くても問題はないかとは思う。ただ特に「うるさくて」他人に迷惑をかけている人が見られる。それはさすがに看過できない。当該生徒は反省してほしい。

忘れものの多さも気になる。中学生・高校生にもなってそんなに忘れ物が多いものかと感じる。持ってくるのを忘れることもあれば、塾に忘れて帰ることもある。毎週指摘している人がある。気をつけること。

これが一番問題と思うことだが、「自分の予定を把握していない人がいる」。

例えば、関ゼミで時間割変更があり(私が)くどくどと言っているにも関わらず間違える、学校のテスト日程を書き写していない、など。

「ノートをとっていないor雑なノートの取り方をしている」ため友達のノートorテストのためにまとめたモノを借りている人がいる。自分でまとめるべきだ。

まだまだ私を悩ませる行動が多くどうしたらいいか路頭に迷う。

最後までお読みくださりありがとうございます。
関学ゼミナールブログでは、コメントを受け付けております(一部除く)。右にある「コメント」をクリックして書き込んでください。
※ほかのブログをお読みになる場合はこちら
(I)

2018.10.19

[197]将来何をしたいか分からない

昨日は休みをとり、懸案事項の解消に取り掛かった。明日が次のXデーということでひとまず安心。

ん?何が懸案事項?そこはコメントなし。では本題。

「勉強をするから、何をしたいかわかるようになる。勉強をしないから、何をしたいかわからない」

何かの折に目にした言葉である。

「なぜこんなことを勉強しなければいけないのか」と思ったことはあるかもしれない。それについては拙者ブログ[40]基礎作りの途中である[41]将来は約束されていないで紹介した。

将来、自分が何をしたいか決まっていない人(多分多いと思う)への話となるが、[41]将来は約束されていないでも触れているように、私は22年塾講師の仕事を本業としているが、小中学生のころは塾講師になりたい、と思ったことはナイ。私も会社を辞めてから(そのころの話については[176]過去の思い出は美化される傾向にあるで触れている)、自分が何をしたいか分からなかった時期もあった。恩師に相談して塾講師で行こうと決めたいきさつがある。

いろいろ勉強しているうちに「これがしたい」というモノが見つかることもあるから、そのための下積みはしっかりとしておこう。

最後までお読みくださりありがとうございます。
関学ゼミナールブログでは、コメントを受け付けております(一部除く)。右にある「コメント」をクリックして書き込んでください。
※ほかのブログをお読みになる場合はこちら
(I)

2018.10.17

[196]入院生活

今回は私が入院していたときの話である。今入院している人に読んでもらおうと思うが、参考にならない話ではナイかと(参考にならないのかい!ツッコミ)。

その前に一般論だが、入院生活は単調になりがち。よく聞く「楽しみは食事くらい」とか言われるが、まさにそのとおり。食事くらいしか変化がナイので、それを楽しみにするだけでほかに何もないくらい時間が余っている。ただ、今入院していて暇暇暇という状態でも明日あたりサプライズがあったりするかも。

私が入院したのは1度だけで日数は82日間。最初の3日間は地獄のような状況。[186]健康に気をつけようでも触れているが、死が目前まで迫っている状況。転院を1日で2度おこなった。最初入った病院では手に負えず、1泊2日で救命救急センターへ。そこで原因が判明したが、治療する科がその病院になく、その日のうちに2度目の転院となる。3つ目の病院で居場所が確定したが、準集中治療室(HCU)に入れられ、点滴は24時間。あとで聞いた話だとその時飲んでいたプレドニンという薬があったが、1日の点滴量はその薬100個分とか。そんなに飲んだら胃が壊れる。

入院4日目にHCUから総室に移ったが、これ以降は経過観察なので、大きく苦にはならなかった。私の場合は体重が10kgくらい少なくなり、特に太ももがやせているのが自分でも分かるぐらいになった。

余談だが、この時の1ヶ月目の治療点数は20万点。3割負担だと治療費だけで60万円という計算になる(実際は家族が高額療養費制度の手続きをしてくれたのでそんなにもかかっていない)。

私の場合は塾講師なので立ち仕事が多く、できるだけ早く仕事に戻れるように病院の中を歩き回っていた。階段をB3階から8階まで歩いて登るなど、病人とは思えない行動もあった。基本的にすることがナイので違う意味で大変。まあそんなことが言えるくらい体が楽になった証拠でもあるが。

だらだらと何を書いてるのか自分でも分からなくなってきたが、入院生活は貴重な経験にはなったと思っている。

今入院生活を送っているアナタは体力だけはある程度戻して帰らないと帰ってからが大変だから、しっかりリハビリをしよう。

私の場合、しっかりリハビリをしたので3ヶ月弱入院していたにもかかわらず、退院後1週間で仕事に復帰し、その3週間後には授業にも復帰できた。リハビリは大切である。

最後までお読みくださりありがとうございます。
関学ゼミナールブログでは、コメントを受け付けております(一部除く)。右にある「コメント」をクリックして書き込んでください。
※ほかのブログをお読みになる場合はこちら
(I)

2018.10.16

[195]死は分かるのか

皆さんは身近な人を亡くしてしまった、ということはあるだろうか?

大人の方がお読みであればそういうつらい経験があるだろう。生徒の皆さんの中にはまだそういうことがナイかもしれない。

ん?[189]形見の品と同じ書き出しだ。さてはサボっているのか?いや違う。

[155]たいせつなひとで述べた、今年2月と5月に亡くした叔父の話である。

まず、2月に亡くした叔父の話から。
私は日曜日に見舞いに行く予定だったが、前日の土曜日の夕方に息を引き取ってしまった。実は私の両親がこの土曜日の昼に見舞いに行ったようだが、叔父はもうこちらの呼びかけにほとんど反応しなくなっていた。ところが帰り際に満面の笑みを浮かべたそうだ。それを見た私の叔父の妻(私の叔母)は「珍しいこともある」と言ったそうだ。

続いて5月に亡くした叔父の話。
早朝に病院からこの叔父の息子(私の従兄弟)に危篤の電話が入り、できる限り家族親戚筋の人を集めるよう指示がある。この従兄弟は車で病院に向かったが、私の母(この叔父の妹にあたる)は電車・バスが動くのを待って動くことに。そのときの従兄弟の話だが、普段細い目をした叔父が大きく目を開いたそうだ。「珍しいこともある」と思ったようだが、その後、瞼が落ちて、その瞼が再び上がることはなかった。

これとは違うが、祖母(母の母)が亡くなった時の話も。
亡くなる数日前に祖母が道端で蓬を摘んでいたそうだ。近所の人いわく「娘が帰ってくる」と言いながら。この家は坂の上にあって、この坂を下りないとどこへも行けない。晩年は足腰の弱い祖母がその坂を下りてまで行動することなどまったくなかったのに、蓬を摘むべく坂を下りていたのだ。近所の人は「珍しいこともある」と思っていたようだ。「娘が帰ってくる」。親が死んだら帰ってくるのは当然だ。

この3つに共通することは「普段と違う行動がある」ということだ。

人間だれもがそうだが、いつ死ぬかは分からない。しかし、死ぬ直前になれば、自分は死んでしまうということが分かるのであろうか。

ちなみに私も死の世界に足を踏み入れる寸前まで追い込まれたが、死ぬ告知?はなかった。だから、生きて帰れたのであろうか。

最後までお読みくださりありがとうございます。
関学ゼミナールブログでは、コメントを受け付けております(一部除く)。右にある「コメント」をクリックして書き込んでください。
※ほかのブログをお読みになる場合はこちら
(I)

2018.10.15

[194]模試の監督

小学生科に関係のある模試で試験監督の仕事を仰せつかることになり、昨日会場の中学校へ行った。その感想等をいくつか申し上げたい。

ひとつめ。小学生なので多少仕方ない部分はあるが、答案の字が乱雑な子がいること。塾内で雑な字を書いているのも考えモンだが、外部会場模試でそれでは入試が不安。
例えばあなたが採点係を務めるとして、乱雑な字で読めないor読みにくい場合どうするかを考えてほしい。知っている人の答案ならいろいろ考えて〇か×か検討するだろうが、知らない人の答案ならどうするか。大概は読めないから×で終了。この人の点が下がったらナントカ、とかいう感情は入らないだろう。
これはあなたの答案の採点をする入試or模試の担当者も同じ。あなたのことは知らないから、感情など一切入らず×で終了。となるはずだ。
だから、だれが読んでも紛らわしくない字を書くという当たり前のことを心掛けてほしい。

ふたつめ。名前や受験番号を書いていない人のまあ多いこと。私は試験中に指摘するようにしているが、三十数人しかいない教室で名前や受験番号を書いていない人が毎教科5人くらいはいる。入試or模試では必ず名前を最初に書くクセをつけるべきだ。模試ならまだしも、本番(入試)で書き忘れると0点→不合格、となる。気をつけてほしいと思う。

みっつめ。ここだけの話である。えっ?「ブログで書いたらここだけの話にならないと思うけど」だって?そのとおりではあるが、リスクを覚悟して書いてしまおう。
私が関ゼミの前に働いていた塾の生徒がその模試を受けに来ていて、しかも彼女は私の担当する教室にいる。ポーカーフェイスをかましていたが、帰り際に向こうから声をかけられてしまった。もうそこで否定する意味などナイので「あなたのことは覚えている」と答えた。元気に頑張っていることも分かったが、何より覚えていてくれたのが嬉しい限り。彼女は関学中学部を受けるつもりはナイみたいだから、ウチの生徒の敵にはならない模様。頑張って合格を勝ち取ってほしいと思う。

変な話がひとつ入ってしまったが、何某か参考になることでもあれば幸いだ。

最後までお読みくださりありがとうございます。
関学ゼミナールブログでは、コメントを受け付けております(一部除く)。右にある「コメント」をクリックして書き込んでください。
※ほかのブログをお読みになる場合はこちら
(I)

2018.10.14

[193]車内での携帯電話での通話はご遠慮ください

 今回のテーマ「車内での携帯電話での通話はご遠慮ください」はよく耳にすることがあるだろう。先日、こんなことがあったが、これは残念ながらありがちな話である。

私が電車に乗っていると、同じ車両に乗っている人に電話がかかってきたよう。そして「もしもし今電車に乗っています」と答える。

しかしそのまま話を続けている。

「今電車に乗っています」と言われたら普通「では後で電話ください」or「かけ直します」とか言わないかな?と思う。この人も本当は電話を切りたかったのではないかと思った。

こういう配慮のない人が増えていると思う。

以前、[168]人の気遣いが無になるときという拙文を書いたが、やはり気を遣うということは忘れてはいけないと思う。最近だと自習している人の近くでうるさい人がいるので気がかり。もう少し、周りの状況を考えよう。

最後までお読みくださりありがとうございます。
関学ゼミナールブログでは、コメントを受け付けております(一部除く)。右にある「コメント」をクリックして書き込んでください。
※ほかのブログをお読みになる場合はこちら
(I)

2018.10.12

[191]形見の品

皆さんは身近な人を亡くしてしまった、ということはあるだろうか?

大人の方がお読みであればそういうつらい経験があるだろう。生徒の皆さんの中にはまだそういうことがナイかもしれない。こういう辛い経験は避けたいと感じている。

残念ながら亡くなった人は帰ってきてくれない。かくいう私も今年だけで親戚を3人亡くしているので、もう訃報はいりません、といった感じだ。

亡くなった人は帰ってきてくれないが、往時を偲ぶために遺しているものを使うというのもアリかと思う。今年2月に亡くした叔父のジャケットを頂き、着用している。7年前に亡くした従姉妹の旦那の背広も着用している。こうすることで、その人は亡くなっても、私の心の中で生き続けることになるだろう。

最後までお読みくださりありがとうございます。
関学ゼミナールブログでは、コメントを受け付けております(一部除く)。右にある「コメント」をクリックして書き込んでください。
※ほかのブログをお読みになる場合はこちら
(I)

2018.10.10

[189]カワムラ鉄工所

今日はXデーである。何のことかはコメントしないが、当人の「あれ」の成功を祈っている。その当人は精神的に参っているだろうから今回のテーマはぴったりだ。
ん?何のことか分からない?分からない人はこの段落をパスしてお読みください(きっと「当人」以外は分からない)。

では本題。今回のテーマ「カワムラ鉄工所」というのは歌のタイトルであるが、この歌詞のこの部分をを紹介したいと思い取り上げた。

「なぁ結花ちゃん この世には もうあかんってことはひとつもないんやで」

今受験で毎日毎日が大変な人、受験生以外でも毎日が苦しい人、先ほど挙げた当人もそう。もうダメだと思わずに頑張ってほしいと思う、ただし、絶対に無理はしないように。

このカワムラ鉄工所も今はナイようだが、これを知っている人たちの記憶の中でずっと生き続けるであろう。

余談だが、この曲を歌っている川村結花は「夜空ノムコウ」を作曲した人である。

なお昨日、私の心配事がまたひとつ増えることに。いつになっても私が何も心配しなくていい日は来ないかも?

短い文章で恐縮だが、今回はここまでとする。なお、youtubeリンクをクリックする際は音量に気をつけてください。

最後までお読みくださりありがとうございます。
関学ゼミナールブログでは、コメントを受け付けております(一部除く)。右にある「コメント」をクリックして書き込んでください。
※ほかのブログをお読みになる場合はこちら
(I)

2018.10.08

[188]台風

今年は台風の上陸、しかも、直撃に近いものが多く厳しい状況だった。さすがに10月ともなると台風が来ることもないだろう⋯と思っていたが台風25号までもが来るとは⋯(25号はまだマシか)。いつも言っていることだが「なぜみんなこっちへ来るのだろう」。最近の台風は勢力があまり衰えずに日本列島まで近づくものが増えたという人もいる。あながち的外れではナイ意見だ。

ところで最近、台風が近づくと、必ず聞く言葉がこれ。

「不要不急の外出は控えてください」

不急の外出は控える、は分かるが、「不要の外出」って何だろう?散歩とか?

さて、ここでいつもマズいと思うのは2つある。
①報道の表現が大袈裟すぎると「オオカミ少年」化する恐れがある。
②「自分は大丈夫だ」と思い込んでいる人がいる。

この2つは割と密接な関係があり、①のように大袈裟すぎて、実際は何の被害もないから、②の自分は大丈夫、という結論に至る。

しかし常に、状況を見ながら、これは本当に大丈夫なのか考えるべきだ。過去の経験は生きることもあれば邪魔することもあるが、最悪を避ける行動をとろう。

最後までお読みくださりありがとうございます。
関学ゼミナールブログでは、コメントを受け付けております(一部除く)。右にある「コメント」をクリックして書き込んでください。
※ほかのブログをお読みになる場合はこちら
(I)

2018.10.02

[187]もうすぐ中間テスト

皆さんのところでは台風24号の被害はなかっただろうか。気になるところだ。

台風24号はまだ気になるといってもマシだ。気になることが多いのは塾生。

最近関ゼミの生徒はけが人が多いことだ。昨日も新たに一人けが人を見てしまうことになった。前回のブログでは健康に気をつけようと書いたが、けがをしないようにも気をつけてほしい。

けが人といえば、昨日さらに私の心配事がひとつ増えた。ここでは詳しくは割愛するが、この人が無事に帰ってくるのを祈るばかりである(注:別に死が迫っているわけではナイ)。

違う話が長くなりすぎた。ココから本題。

前回のブログでも少し触れたように、いよいよ中間テストが近づいてきた。一番早いところでちょうど1週間前だ。準備万端で臨むようにしてほしい。

毎回、テスト前日あたりになって「どうしよう」的なことを耳にする。このようなことがないよう早め早めの準備をしてほしい。特に毎回のように「どうしよう」と言い続けている人は反省して準備をしっかりすることをお願いしたい。

最近テストがおこなわれるたびに悪い話を聞いているような気がする。前回のテストでコケた人は、私を安心させるようにしてもらいたい。

今回の中間テストで予想されるのは、一人ひとりに充てられる時間が少なくなることだ。今回のテストは短い期間に集中している上に、人数が増加しているからである。前回、前々回のブログで早々と中間テストについて書いたのはそのあたりを考慮したからである。なお、人が増えているから、テスト対策では助っ人が入るかもしれない。体力勝負になりそうだから、気合を入れて臨みたい。皆さんもそれに応えてもらいたい。

なお上述のように、一人ひとりに充てられる時間が多くなさそうなので、積極的に私を捕まえるようにしてください。また、人数が多くなることが予想されるため、塾外生(お友達)の受け入れはしない予定である。申し訳ないが、そのお友達には平常授業の体験を申し込んでもらうようお願いしたい。

最後までお読みくださりありがとうございます。
関学ゼミナールブログでは、コメントを受け付けております(一部除く)。右にある「コメント」をクリックして書き込んでください。
(I)

ページのトップへ
© 関学ゼミナール All Rights Reserved.