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2019.09.16

[256]バカの定義

世間一般で「バカ」というのは「みんなが知っていることを知らない量の多い人」を指していることが多い。

私の考える「バカ」は違っている。それは

世間で当たり前のこと(=常識)が認識できず人に迷惑をかける人

である。

知識が少ない・問題が解けない、はバカとは言わない。年齢相当に常識を身につけていけばそれで「バカ」は回避できると思っている。

しかし最近頓に(世間一般で)「年齢相当の常識」のラインに達していない人が少し増えたような気がする。

中学生だが小学生みたい、高校生だが中学生のほうが高校生らしい、と感じることがある(特に前者が多い気がする)。もちろんしっかりしている人もいらっしゃるが、自分が「年齢相当の常識」のラインに達していない人かどうか、周りの人と比べて見てほしいと思う。幼いだけならまだいいが、それで人様に迷惑をかけるようだと、私の定義する「バカ」になってしまうので、気をつけよう。

短い文章だが、これで終了。

最後までお読みくださりありがとうございます。
(I)

2019.09.12

[255]ダメだと思う

先日、某プロ野球選手が赤信号を無視して横断歩道を(歩いて)渡っていた、という報道がされた。

車が1台も通っていないからいいのではナイかというご意見もあるだろうが、私の考えは「ダメだと思う」。

これは批判覚悟で書くが、こんなことくらいで通報するのはどうかと思う。例えば制服を着た人が赤信号を無視して横断歩道を(歩いて)渡っていたら、その制服の会社や学校に通報するのだろうか。見ず知らずの人の場合は、警察に通報するのか。

では何が「ダメだと思う」のか。行為自体は当然シロではナイが、それ以上にプロ野球選手という、「世間に注目される存在」という自覚の足りないことがダメなのだ。

有名人ではナイが、私も先生と呼ばれる職業に就いている。なので図々しくも有名人の代わりに私という例を出してみることにしよう。

アナタがコンビニに入ると私が中にいたとして、アナタはそれを発見する。ここで声をかけるか否かは人によって変わりそうだ。ここで私が如何わしい雑誌を読んでいたらアナタはどう感じるか。

いくら私が「今は仕事外の時間だ」と訴えても、確実に悪いイメージに変わるはず。つまり、私は関ゼミにいようが、世間一般の人と同じように混ざっていようが、アナタから見れば24時間365日「先生」なのである。

このプロ野球選手も、私人として行動していてもプロ野球選手として見られるという自覚を持たないといけない。これは[114]文化祭で感じたことでも書いている。もちろん見ていないからOKというものでもない。

私もこの話は他山の石としなければいけないとも思う。

なお、私はコンビニで如何わしい雑誌を読んでいない、そもそもコンビニに行くことはあまりナイ。況してや、そこで本や雑誌を手に取ることは皆無に近い。

言い訳みたいだからやめよう。

アナタも、思わぬ人が見ているかもしれないから、気をつけた方がいいだろう。横断歩道を渡るときに限らず。制服で大声を出して話をしながら道いっぱいに歩いていたら、近所の人から通報されるとか。

最後までお読みくださりありがとうございます。
(I)

2019.09.09

[254]昔の思い出4

 

前回に続いて、自分で塾を経営していた頃の話である。アナタにとって間違いなくお役に立て「ない」話だが、気楽にお読みになっていただきたい。

私の経営していた塾は自治会館を使用していたため、会館の部屋の空き具合によって自分の思うように授業が組めない場合がある。会館を使用できない曜日があったので、違う塾に出稼ぎに行くことにして応募。新しく立ち上げることになったため講師募集をしている塾(現存しない)に採用される。平成12年3月勤務開始で、私が記念すべきこの塾での授業第1号である。その後も高校生の数学を教えられる唯一の講師ということで重宝された。

ところが、その年の末(12月24日、覚えていたのではなく、調べたらそうなっていた)、事務方さんから電話。

「部長(代表者)が逮捕された」

もうこれは「は?」としか言いようがなかった。「逮捕」とか、私が知っている人の中で、芸能人のように相手が私のことを知らない人を除くと、初めて聞く話だ。きっとアナタの周りで逮捕されたなどという話はナイだろう。なかなかの衝撃である。聞いた話だと無免許なのに車を運転していて駐禁で引っかかったとか。

その塾は部長がいなくなったため年内で終了となる。この電話をしてきた事務方さんが財産を持って消えてしまったようだ。

このあとどうなったのか知らないが、とりあえず残された生徒を何とかしなければいけない。幸いにも開校1年目だったためいわゆる「受験生」がいない。私としては(本当は差をつけてはいけないが)、この塾で授業第1号となった小学生が3人姉妹で来ていたが、その3人だけでも何とかしたいと思った。しかし存続不能の理由に「逮捕」はマズいので、適当な言い訳をして存続不能を伝えた。その家ではアパート経営をしていて家も広く、この家には離れの部屋もある。中学生も何人か存続できることになったが、1月・2月あたりはその中学生のひとりがたまたまお寺に住んでいたので、そこを一時的に借りるなど、バラバラの場所で授業をしていた。結局その「離れの部屋」を使わせてもらえることになる。なおこの1年後、3姉妹の姉が附属明石に合格した(前回のブログで触れている人である)。この塾は1年半という短い期間ではあったが、私の経営する塾の分校として存在した。こんな小さい塾に分校があるとかなかなかマヌケな話である。

このゴタゴタも今思えば懐かしいの一言で片付くが、あの頃は大変だったなぁとしみじみ感じる。この頃に聞いていた曲のこの歌詞が思い出される。

「吹雪にも似た激動の平成(いま)」

まさに吹雪のように襲った出来事だった。

最後までお読みくださりありがとうございます。
(I)

2019.09.05

[253]昔の思い出3

9月と言えば私が塾講師を始めた月で、今年(令和元年)で23年を迎えることになった。特に区切りのいい数字ではナイが、とりあえず書いてみた。私が塾講師を始めた平成8年9月はカレンダの並びが今年と同じだ(覚えていたわけではなく調べたらそうなっていた)。

私の塾講師歴は5つに分けることができて次のようになる。

第1期:自分が経営していた塾
第2期:神戸にある塾
第3期:大阪市にある塾
第4期:神戸にある塾
第5期:西宮北口にある塾(関ゼミと書くほうが分かりやすい)

第1期の頃は中学受験と縁のない塾だったが、一人だけ合格させたことがあった。その彼女は附属明石(現在は閉校)に合格し、そのあとも少しだけ教えたことがあった。私の略歴にある附属明石の生徒はこの人である。

第1期は自分で経営していたが、分かりやすく関ゼミで例えると、私が理事長の職に就いているということだ(ちなみに役職名は理事長ではなく代表)が、関ゼミで言う塾長・事務長・私、に相当する人はいない、ということになる。なので全部自分でしなければ回らない。非常勤講師(決まった曜日・時間だけ来る講師)は2~3人くらいいたが、その先生方はほぼ授業だけをお任せしていた状況だ。

夏期講習も最大1日13時間(午前8時半~午後9時半)とかいうこともあった。授業が13時間あるわけではナイが、13時間は長い。家から塾までは2時間弱かかるので、朝6時過ぎに家を出て、家に帰ったのは夜11時をすぎていたと推察できる。この「朝6時に家を出て」という話は[83]株式会社モリエンでも書いていた。

「ブラック塾じゃナイか」と思ったアナタ。経営者にブラックというものは存在しない。本当に回らなくなれば従業員を雇えばいいだけだからである。そもそも経営者に労災はおりるのだろうか。もちろん残業手当などナイ。というか経営者に「残業」など存在しない。

今の話だが、遅くまで勉強する生徒に私もお付き合いすることがある。テスト前は夜11時過ぎとかある。この夏休みは夜10時くらいまでではあるが、頑張っている人の相手をしていた。経営者に「残業」は存在しないように今の私にも「残業」という概念は存在しない。やる気のある人は大歓迎である。

【注】夜遅くまで残ることを推奨しているわけではナイ

話を当時に戻すと、一方でいろいろなことを自分で決められるメリットも多く、夏期休校(いわゆるお盆休み)を最大2週間弱も取った年もあった。

(注)これに倣ってブログのお盆休みを2週間もとったわけではナイ。

経営というのは大変である。私は身をもってそれを体験した。それを38年間続けている理事長には感心するしかナイ。

[115]サウダージでも触れたが、もし過去に戻れるならこの時代に戻ってみたい。

最後までお読みくださりありがとうございます。
(I)

2019.08.31

[252]経験者にしか分からない

あなたは「勉強しなさい」とか言われたことはあるだろうか。

言われたことがある人に共通して言えることだと思うが、基本「勉強しなさい」と言われて「はい、勉強します」という返事をする人は殆どいないであろう。その理由はいろいろ考えられるが、恐らく一番の理由は「言われてイラっとした」ではナイだろうか。

しかし、勉強しなければどうかるかを考えたうえで敢えてこの場面では勉強しないを選択した、などということはまずナイだろう。先のことをきちんと考えていればいつ勉強すべきか見えてくる。

「勉強しなさい」は勉強しないと、どうなるかが経験上分かっているから発せられる言葉である。しかし、言われる側は経験していないのでこういう温度差が生じる。

個人的なことであるが、大病を患った私。詳しくは[196]入院生活で書いたのでお読みください。そのブログでは触れていないが、HCUに入っているときは40℃超の高熱にうなされ、生きることを諦めたこともあった。この時の苦痛は失礼ながら私がいくら申しても分かってはもらえないだろう。

これ以外にも残念ながら私が一人で抱え込まねばならないことは多く存在している。このブログをお読みのアナタもそういうことはあるかもしれない。

「勉強しなさい」と言われるような人は一度(悪い意味で)とんでもない成績を取った方がいいと思っている(致命的な成績は困るが)。そうすれば勉強しなければイケナイことが自覚できるだろう。勉強することがいかに大事かを身をもって経験した方がよさそうだ。私の「生きることを諦めた」のように、経験者にしか分からないことは多くあるから。

ここまでお読みくださりありがとうございます。

[追伸]夏期講習は今日が最終日だが、非常に疲れた。しかし、間髪入れずに2学期の授業が始まる。私を待っている人のためにも頑張っていこうと思うが⋯(ホンネは少し間がほしい)。

(I)

2019.08.26

[251]一枚岩

当ブログはお盆休みを頂戴していたが、明らかにお盆でないと分かる期間も休んでしまった。しかし「(ブログは)いつまで休むのか」と言われてしまったので、休んでいる場合ではナイぞ。もう夏休みも終わりに近づいている。夏期講習も今週いっぱいだ。

少し早いが、夏期講習を振り返ってみる。

基本的にどの人も同じ感想であろうが、「暑すぎた」。

私の場合は暑さが直接の要因かは分からないが、疲労との戦いになった。暑さとの戦いでなかった。もちろん暑くなかったわけではナイが、暑さより疲労・頭痛との戦いの方が過酷であった。また、夜になると熱が37℃以上なるのが毎日。先週あたりから暑さもかなりやわらいでいるが体温の高さは変わらず。今のところこれに伴う体の異変はナイが、いったい何が起きているのか考えないといけない。

もうひとつ感じたのは、一部で「一枚岩になれていない」事象があったことだ。

詳しくは書けないが、残念ながらそういう事態があったので、それが疲れを増大させている感がある。

授業に行くと勝手にスイッチが入っている私(詳しくは[18]授業に入ると「違う自分」がいるをご覧ください)。私のやる気がなくて、生徒が真面目に勉強するはずがナイから、まずは私が気合いを入れて臨むという、言わば当たり前のことをこなしているだけである。しかし、疲労はまだしも頭痛は授業でいくら気合いを入れても消えず(当たり前か)、私のいろいろなところに影を落としている。期待を寄せてくれている人がいる限りそのご期待にお応えしたい。しかし、一枚岩になれていない部分は疲労となり私の元へ返ってくる。

もうすぐ新学期が来る(学校によっては今日2学期の始業式というところもある)から、一枚岩で臨み、最高の結果を勝ち取りましょう。

最後までお読みくださりありがとうございます。
(I)

2019.08.12

[250]感謝

夏期講習も折り返し地点を過ぎた。今週は受験学年以外のクラス授業はお休みであるから、少しゆっくりしてもらおう。私は今日も授業に勤しむ。

さて、皆さんが買い物をする。そのとき、店員から「ありがとうございました」と言われることがあるだろう。売り上げに協力しているのだから「ありがたい」のであろうが、逆もあると思ってほしい。

それは自分はほしいものを(お金を払っているとはいえ)もらえたのだから、自分自身も「ありがたい」と考えるのが当然なのではナイかということだ。

こういうふうに考えれば「モンスターペアレント」や「クレーマー」とかは大幅に減ると思う。

自分でもできていない部分もあるから偉そうに書けないが、感謝は忘れてはイケナイことだ。

授業も受けることができて「ありがたい」。逆に私たちは授業をすることができて「ありがたい」という感じだ。私の授業後に発する「ありがとうございました」は、私のような授業であってもしっかりと受けてくれることに対して申している。

お互い様、感謝を忘れないようにしよう。

このブログは今回で250回目、続けられることに感謝したい。

なお、当ブログはお盆休みという無理矢理の理由をつけて少しの間お休みします。ご了承ください。

最後までお読みくださりありがとうございます。
(I)

2019.08.03

[249]時間がナイと思う人へ

夏休みは忙しくて時間がナイと感じている人もいらっしゃるだろう。

しかし、時間がナイと言っている人には本当に時間が取れず大変だと思う人がいらっしゃる反面、そうでない人もいらっしゃる。関ゼミで自習している状況を拝見するとだいたいどちらにあたるかが分かる。今回は後者にあたる人について考察しよう。

勉強する時間が本当に「ナイ」のであれば、多少睡眠を削る(削り過ぎはNG)、スマホ等を使う時間を減らすorなくす、を実行すればいいのにと思うが、こういう人はそういう時間を削らずに時間がナイと言っているように思う。

またダラダラ勉強しているのも拝見する。それは席を外すときに何をしているか見ればだいたい見当がつく。何かを取りに行くとかトイレに行くとかではなく、事務所をウロウロしているだけなど集中していないという疑惑を持つケースが見受けられる。

時間は万人に平等に与えられるある意味「唯一」のモノと言えよう。ほかの人ができているのだから、使い方次第で時間を捻出することはできるのではナイだろうか。期末対策で忙しかった私も頑張って指導時間を捻出した。例えば、質問はこの時間に承りますという予告をした、などである。今も夏期講習で時間の余裕がナイ。しかしそれを言い訳にしないよう気をつけたいと思う。

私にできたことだから皆さんもできるハズだ。

最後までお読みくださりありがとうございます。
(I)

2019.07.29

[248]ルールの形骸化

ここ最近疲労が溜まり続け、なんとか夏期講習を実施している状態だが、私の授業を待っている皆さんのために「疲れた」などとマヌケなことを言っている暇(いとま)はない。

疲れる要因はいろいろある。単純に授業が多いもあるが、ここのところの「ルールの形骸化」もある。あまりにもルールを守れていない状況を目の当たりにすると辟易する。

ルールを守ることは当たり前である。もしそのルールが容認できないなら勝手に破るのではなく、ルールを変える方向で考えよう。世間ではそれは難しいが、関ゼミ内であれば理不尽に思うルールは理事長に頼んで変えてもらうことを考えるので申し出てほしい。ちゃんとした理由があれば理事長も真摯に対応してくれるであろう。

特に気になる「ルールの形骸化」を挙げておく。

(1)事務局カウンター内へは「無断で」立ち入らない。
→パソコンを使いたいなどの場合は断ろう。

(2)A教室は自習より個別が優先。個別を受ける人は指定された場所に座る。
→A教室後方にある予定表でどの時間にどの席で個別があるか確かめてから座ろう。できるだけ、ホワイトボードに個別のある時間を書くようにする。

(3)ゴミの分別。
→全然分別してくれないと嘆く関ゼミ職員もいらっしゃる。張り紙にもあるとおり、現代人は分別できて当たり前。

(4)充電は許可された場合のみ。
→無断充電禁止はあちこちに貼ってある

(5)エアコンの生徒操作禁止。
→暑い・寒いはスタッフに申し出て、スタッフに設定を変更してもらう。人によって温感が違うので、できればカーディガン・ひざ掛け・サーキュレータ・携帯扇風機などで自衛してほしい(サーキュレータは貸与している)。

あまり触れたくないが、ルールの形骸化は生徒以外にもあり、生徒にばかりアレコレ言えない部分もある。何とかしたいが、うまくいかない。どうしたらいいのだろうか。

また、ここで警鐘を鳴らしているが、私が知っているこのブログの読者(数名いらっしゃる)は、このようなルールをきちんと守れているので、書いている意味がナイような気もする。

私も含めて、もっとしっかりルールを守るようにしよう。

最後までお読みくださりありがとうございます。
(I)

2019.07.21

[247]明日から頑張ります

夏期講習が今日スタートする。フライングスタートしている講座もあるが、正式な日程では今日が1日目である。

さて、今回のテーマ「明日から頑張ります」はよく聞く言葉である。ほかにも例えば今なら夏休みだから「2学期から頑張ります」とかもある。

しかし、ここで引っかかることがある。

「〇〇から頑張ります」の〇〇が遠ければ遠いほど、達成される可能性が下がるという気がする。早々と「来年頑張ります」などという意見を聞いたが、こういう人はきっと来年になっても「頑張らない」だろう。

こういう発言があるというのは一応「頑張る」気持ちはあるという性善説でスタートしても、先ほどの〇〇が遠ければ、その頃に「頑張る」気持ちは薄れてしまうような気がする。

「今日から頑張ります」にしよう。

今の話と矛盾しているが、私は夏期講習を「明日から頑張ります」。今日は休みだから。言い訳にしか聞こえないな。夏期講習期間中(7月21日~8月31日)、私の授業が現在確定しているだけで180時間近くあるし、出勤日数(33日)も私が一番多い。このあとさらに個別などが増える可能性もある。気合いを入れて臨みたい。

最後までお読みくださりありがとうございます。
(I)

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