ブログ

2018.07.23

[168]人の気遣いが無になるとき

今日から夏期講習が実施される。夏期講習中「毎日自習に来る宣言」をしている人もいらっしゃるので厳しいことが予想できる(もうすでに先週から実行されている)。愚直に付き合うので大変そうだが、なんとか乗り切りたいと思う。

早速に話がそれてしまった。ここからが本題。

私がある会社(関ゼミではナイ)に勤めていたときのこと。

私がある先生(ここではA先生とする)に用事があり、会社の電話から携帯にかけたが、A先生は電話に出なかった。その後、A先生から折り返しの電話が会社にあった。違う人(B先生とする)が電話を取り「A先生に電話をした人はいる?」と聞かれ、「私です」と答える。ここで私が「1分後にかけ直すと言ってください」と告げた。これは、1分間私が電話に出られないからではなく、コチラの用事で電話をかけているのだから、A先生に電話代を払わせるのは申し訳ないと考えたからである。

ところが、このB先生がとったこの後の行動に驚き呆れた。

B先生「では電話に出るまでの1分間雑談しよう」

それを聞いて私がすぐ電話を取り次いだのは言うまでもない。

これは正直、呆れるとかそういうレベルではナイ。私の気遣いを踏みにじられたのもあるが、今時会社の電話回線を塞いで雑談?A先生は忙しい中電話をかけてきているのに迷惑では?とか考えなければいけないと思う。

これと同じく気遣いを何だと思っているのかという事例が出てきてしまった。[166]期末テストを終えてのコメントにあるとおりである。情報を出す側が虚しくなっているのにもらっている側があまりありがたみを感じていないような気がする(そう思うのは私だけかもしれないが)。しかも私はいつも申していることだが、結果がすべてである、と考えている。情報をもらったからには、結果を出さなければいけないということだ。情報をもらっただけで満足しているようではダメだ。私からのコメントにも書いたとおり、新ルールを考えている。これを適用すればウインウインの関係を作れるだろう。いや多分、情報の行き来がなくなるだろう。新ルールはあのクラス限定で適用するつもりだ。

最後までお読みくださりありがとうございます。
関学ゼミナールブログでは、コメントを受け付けております(一部除く)。右にある「コメント」をクリックして書き込んでください。
(I)

2018.07.19

[167]モチベーションアップを

期末テストが終わり、勉強に対するモチベーションがなかなかアップしない状況。我々がなんとかしなければ。

その一方でこのブログを書くモチベーションはアップしている。

これまで皆無に限りなく近かったコメントが機能し始めたからだ。少なくとも「誰も読んでいない」ということだけはナイことが分かったからである。ということで今書くことがあまりナイという恐ろしい事態になっているが、頑張って執筆しようと思う。

学校夏休みがもうすぐ始まる(関学高等部のようにもう夏休みが始まっているところもあるが)ので、夏期講習が始まれば雰囲気も変わるので、モチベーションが上がるだろう。

それでもアップしない人は自習に来るようにしてください。涼しい部屋で勉強をどんどんしよう。

ちなみに夏休みはまだだがもう自習に来ている中学生がいらっしゃる。その彼女になぜ自習に来るモチベーションがあるのか聞いてみたが、残念ながらご紹介できる回答ではなかった。

P.S.前回のブログで体重が落ちたと書いたが、今はもう戻っている。

最後までお読みくださりありがとうございます。
関学ゼミナールブログでは、コメントを受け付けております(一部除く)。右にある「コメント」をクリックして書き込んでください。
(I)

2018.07.13

[166]期末テストを終えて

今日で塾生全員の期末テストが終了した。まずは塾生の皆さん「お疲れ様でした」。

今回のテストを一言で振り返ろうとしたが、いろいろあったので、一言でまとめるのは難しい。

一番早い人のテスト初日は6月13日。前述のとおり最後の人のテスト最終日は今日。私の立場から見ると、期末テストが1ヶ月間あったことになる。それも今回は途中で地震があるわ警報で予定は変わるわで大わらわであった。特に警報の影響でテストの予定が変わり、期間が長くなったり、日程が厳しくなったりと影響が出た皆さんは大変だっただろう。

今回の特徴を考えると2つあり、「個別が多かった」「同じことが繰り返された」がある。

まず「個別が多かった」であるが、テストがやばいのか、6月後半になって個別が増えた。私が担当しようとしても、平常授業はその名のとおり平常に流れているので、その合間を縫って個別指導に当たるが、どうしても時間の制約を受けることになるので、思うように指導できなかった。心残りである。しっかり点を取れているのか不安である。

もう一つは「同じことが繰り返された」である。

[157]中間テストを終えてで書いたこととかぶってしまうが、今回も夜遅くまで頑張っていた人がいらっしゃった。前回は中学生であったが、今回はこの中学生のほか、高校生もいらっしゃった。夜遅いのは推奨したくない。しかし平常に流れている私を捕まえるには「授業に入る前」、「授業の合間」か、「すべての授業が終わってから」かの3通りになる。「すべての授業が終わってから」私に質問しようとするから、必然的に夜遅くなってしまう。よくそんなに体力があるモンだ。若いから?

この2つに共通することは「私には時間の制約が多いということである。
時間の制約が多いので、授業の合間の10分などに自習している人の様子を見に行ったりした。そこで質問が出たりすると私の合間の時間はほぼほぼ消えることになる。本当に質問したい人はこのように「隙間時間」を有効に使っている。

気になることも2つ。

ひとつは関ゼミに来ているが、自習していない人がいることだ。自習に来ているからと思って先ほどのように隙間時間に様子を見に行くと、スマホで何かをしている、という光景を目の当たりにした。関ゼミは来るだけで成績が上がるという魔法の塾ではナイ。勉強するために関ゼミに来ているという当たり前のことを認識してほしい。

もう一つは、これもお馴染みの光景と化してしまった感があり残念だが、友達にいろいろ情報をもらっている人がいらっしゃることだ。

「これってテストに出るの?」のような情報ではなく、試験範囲、日程などを聞いていたり、友達のノートを写したりしていることだ。本来自分で対処しなければいけないモノを人に頼っているということだ。こういう人は基本的に成績が芳しくないことが多い。反省してほしい。特にこれを繰り返している人は大きく反省してもらいたい。

最後に個人的なことだが、この1週間弱で私の体重が2キロ落ちた。戻さねば。

ここまでお読みくださりありがとうございます。
関学ゼミナールブログでは、コメントを受け付けております(一部除く)。右にある「コメント」をクリックして書き込んでください。
(I)

2018.07.07

[165]信じることは大切だ

「洋子の生まれ変わりだ」

これは私が生まれたときに私の祖母・叔母が言った言葉である。

洋子というのは私のいとこであるが、私は会ったことがナイ。私の生まれる6年前に亡くなったからである(「生まれ変わり」という表現をしている時点で想像できたかもしれないが)。

なぜ生まれ変わりだと思ったのか。それは私の誕生日と洋子の命日がまったく同じだからである。

叔母からすると自分の娘を亡くしたので、何らかの形で生まれ変わりがあると信じれば少しは安らいだかもしれない。余談だが、その叔母の旦那(=私の叔父)は今年の5月に亡くなり、今度は私が寂しい目に遭うことになる。

このように信じることで自分の心に安らぎがあればいいのであろう。
入試などでお守りを持っている人もいるが、それで気分が安らぐなら、問題ないだろう。

ちなみに今日はこの叔母の祥月命日である。

最後までお読みくださりありがとうございます。
関学ゼミナールブログでは、コメントを受け付けております(一部除く)。右にある「コメント」をクリックして書き込んでください。
(I)

 

2018.07.04

[164]ワールドカップ

サッカーのワールドカップで日本が負けた。ベルギー相手に善戦した方だと思う。私は1次リーグは3戦全敗を予想していたので、とんでもなく外れてしまった。日本代表の皆さん、ごめんなさい。

このワールドカップの直前に監督交代があり驚かされた。いろいろ言われているが、決勝トーナメント進出を果たしたという結果を残したので、西野監督への交代は少なくとも失敗ではナイ、ということになるだろう。もちろん、前監督のハリルホジッチ氏ならどうなっていたかは分からない。もしかしたらこれ以上の結果かもしれない。

監督交代について云々いうつもりはナイ。そもそも詳しい事情を知らないので、コメントは避けるが、私がこの話を持ち出しているのは前々から言っている

「結果がすべて」

を言いたいからだ。

勉強していなくてもが結果は出ている、なら文句は言わない。しかし、結果が出ていないにもかかわらず勉強していない人が見受けられる。「勉強しろ」とうるさく言われるのが煩いと思うなら、結果を出せばいい。

特に気になるのはいわゆる「スマホ依存症」だ。そこまでではないかもしれないが、理由は何であれ、スマホを使っている時間の長い人がいることだ。自習中でもメインが勉強なのか、スマホなのか分からない人がいる。こういう人たちはほぼほぼ結果が出ていない。

最後にもう一度。

文句を言われるのが嫌なら「結果を出そう」

最後までお読みくださりありがとうございます。
関学ゼミナールブログでは、コメントを受け付けております(一部除く)。右にある「コメント」をクリックして書き込んでください。
(I)

2018.07.02

[163]聞こう

分からないことがあったら質問をしよう。

最近あまり申さなくなったが、コチラはない時間を割いてでも質問にはできるだけお答えしないと、とは思っている。しかし、現実はそうはいかない(反省)。

さて、質問に来てくれる人の顔ぶれがいつも同じように感じる。普段質問しない人にもできるだけ声をかける努力をしよう(反省2)。

さて、質問をしない人が3通りあるような気がする。

①質問はナイ、バッチリできているから。
②質問したいことはあるが、先生に聞きにくい。
③質問はナイ、勉強していないから。

①は問題ナシ、と言いたいが、それは本当なのかやや疑問。

②に当てはまる人がいらっしゃるなら、匿名でいいので、その旨をコメント欄に書いてもらいたい。「そういう人がいる」という認識を持つだけでもコチラが気をつけなければ、という気持ちになれる。

③に当てはまる人がいらっしゃるのが気がかり。特に受験生なのに⋯と思う人がいる。改めてほしい。

私の今週は厳しい状況が予想される。気合いを入れて臨もう。

最後までお読みくださりありがとうございます。
関学ゼミナールブログでは、コメントを受け付けております(一部除く)。右にある「コメント」をクリックして書き込んでください。
(I)

2018.06.25

[162]真似をしよう

話の内容としては、前回の[161]大阪北部地震と少しだけだが関連があると言えるかもしれない。どのあたりが関連ありなのかと言うと、

「こういう時にとる行動がその人の’なり(≒状態)’が現れる、ということだ。つまり、このような時に、人を優先させるか、自己中の行動をとるか。簡単に言うとそういうことだ(それだけに限らないが)。これは普段自分が考えているが黙っているモノが出るから、平生より気をつけておきたい。」

というこの文。

平生の行動をどうやって改善するかという部分だ。私はこうするのがよいと思っているモノをご紹介したい。もし、参考になる部分が少しでもあれば幸いだ。

「尊敬する人の言動を真似する」

私は初めて塾講師を勤めたのは平成8年。爾来22年弱、講師生活を送ってきた。その間にいろいろな人と出会ってきたが、中には素晴らしいお方もいらっしゃる。その人の長所を取り入れようとして今がある。塾講師を始める前にも素晴らしい人はいるのでその人の(自分がよいと思った部分の)言動を真似する。そうすればオリジナル化して自分の良いモノになるだろう。

最後までお読みくださりありがとうございます。
関学ゼミナールブログでは、コメントを受け付けております(一部除く)。右にある「コメント」をクリックして書き込んでください。
(I)

2018.06.19

[161]大阪北部地震

6月18日(月)午前7時58分、大阪北部を震源とする強い地震があった。大きな地震を始めて体験された生徒さんもいらっしゃるだろう。西宮市では平成28年10月21日(金)に震度3を記録したが、それを上回る震度5弱を観測した。

今回の地震で不幸にも命を落としてしまった方には謹んで哀悼の意を表したい。またお怪我をされた方は1日も早く回復されますように。また、これは関ゼミの生徒にも当てはまる可能性があるが、身体面で怪我はなくとも精神的にダメージを受けているかもしれない。私はそういう部分はない(と思う)ので、こういう人たちには気を遣えるよう、配慮できたら、と思う。

私は阪神・淡路大震災以降、地震に対して無駄に敏感になってしまった。私が「地震?」と思ったが誰も反応なし。地震もなし。自信がなくなる(くだらんぞ!⋯失礼しました)。

今回私が言おうとしていることは、こういう時にとる行動がその人の’なり(≒状態)’が現れる、ということだ。つまり、このような時に、人を優先させるか、自己中の行動をとるか。簡単に言うとそういうことだ(それだけに限らないが)。これは普段自分が考えているが黙っているモノが出るから、平生より気をつけておきたい。

なお今回、ごく一部の生徒だけになってしまったが、安否を問うメールをおこなった。返信してくれた皆さん、ありがとうございます。皆さんが無事で何よりだ。

最後までお読みくださりありがとうございます。
関学ゼミナールブログでは、コメントを受け付けております(一部除く)。右にある「コメント」をクリックして書き込んでください。
(I)

2018.06.18

[141]~[160]

[121]~[140]

[141]気持ちに余裕を

[142]裁量労働制

[143]学年末試験を終えて

[144]素晴らしい言葉遣い

[145]サザンカ

[146]借金は誰からするのか

[147]大丈夫の使い方が大丈夫でないことがある

[148]受験は売り手市場?

[149]さよならエレジー

[150]反面教師

[151]電話は苦手ですか?

[152]重複を避けることにします

[153]表現の違いでイメージの違いを生む

[154]気持ちの切り替え

[155]たいせつなひと

[156]結論は最初に書こう

[157]中間テストを終えて

[158]努力は人を裏切らない

[159]苦労人の昇進

[160]終活

[161]~

2018.06.18

[160]終活

先月、私の叔父(母の兄)を亡くしたが、もうすぐ四十九日(七七日)を迎える。日の経つのは早いものだ。この間に叔父の家にも行ったが、仏壇が綺麗に飾ってある。しかし、四十九日を過ぎるとほかのご先祖様と同じように祀られるだろう。私の母はまだ叔父の死を現実として受け止められていないようだ。

ところで私の親戚ではこの叔父が今年3件目の訃報である。あまりにも多く気持ちが塞がる。しかし、これがもとでウチの親は終活をすることを決める。

両親とも葬儀場を決めてそこの会員になった。したがって私の両親が亡くなったときはこの場所で葬儀をあげることになる。

今、「私の両親が」と書いたが、私の両親とは限らない。私自身かもしれない。私も3年前の4月、病気でこの世から消える寸前まで追い込まれた人間なので、先に自分の番がくるかもしれないと思っている。いつ人生を終えてもいいようにしておかなければいけないと思う。

「用意周到」という言葉があるが、準備はしっかりしよう。ここで言いたいのは「死に対しての準備」ではなく、もっと身近な「テスト」等に対しての準備である。最近たるんでいる人がいるので気がかり。今たるんでいる人は反省してほしいところ。

最後までお読みくださりありがとうございます。
関学ゼミナールブログでは、コメントを受け付けております(一部除く)。右にある「コメント」をクリックして書き込んでください。
(I)

ページのトップへ
© 関学ゼミナール All Rights Reserved.