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2017.10.15

[108]言葉遣い

「ことばには、他人の言い方が誤用だと思ってしまうと、なぜかそれを黙って見過ごせないという、おかしな魔力がある」
何かの折で私が目にした言葉である。
これはまさに私のことだ!
確かに今まで誤用について、このブログでも何回か取り上げた。理由は2つある。1つは読者様に日本語を正しく使うことを認識してほしいこと。もう1つはこれを書くことによって自分が誤った使い方をしないよう意識づけることである。偉そうに「この使い方は間違いだ」と言っている本人がそれを使っているようでは説得力がまったくない。
誰とは言わないが、自分が「こうしろ」と言っているのに自分がそれをしていなかったり、自分が「これはするな」と言っているのに自分がそれをしているとかしていたりする場合がある(←誰のことかは触れない、知りたい人は私に直接聞いてもらってもいいが、ごく一部の人を除いて誰なのか分からないだろう)。
さて何度も言っていることで飽き気味かもしれないが、やはり定期的に言葉遣いについては触れようと思う。
次の①と②③についてどう思うだろうか。
①停車駅は、十三に止まります。
②このぐらいの量なら、全部食べれる。
③この点数ヤバい、もしかしたら学年最高点かも。
まず、「次の①と②③についてどう思うだろうか」という、不自然な文についてどう思うだろうか。①と②③は私の中では違うと思っているからである。
①②③いずれも誤用であるが、最近②③は正しいとして定着しつつある。②はいわゆる「ら」抜き言葉で、③はヤバいをいい意味で使う、ということだ。言葉は時代によって変化するので誤用だと言い切れない部分もある。ただし、作文や小論文では避けた方がいいだろう。
一方で①は時代が変わっても誤用と思っている。停車駅に止まるのは当たり前、停車駅に止まりません、では翌日の新聞記事になってしまう。「停車駅は、十三です」か、「十三に止まります」のどちらかに改めるべきだ。
このように時代が変わっても誤用というものを使わないように気をつけよう。 最後までお読みくださりありがとうございます。 このブログでは、コメントを受け付けております。右にある「コメント」をクリックして書き込んでください。 (I)

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