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2016.11.10

[37]苦労が財産になる

私はこれまでに小学生には算数・国語・理科・社会、中学生には国語・数学・英語・理科・社会を指導したことがある(関ゼミでは小学生科の社会を指導したことはないが、関ゼミに来る前にクラス授業で教えたことがある)。
これについてある生徒からの質問「なぜ全教科教えられるのか?」。
(ただ、今の私には高校の文系教科は担当できない。さすがに勘弁願いたい。高校英語とか教えられるようになればいいのだが、関ゼミには優秀な英語の先生が多いから、私の出番はなくてすみそうだ。)
最初から全教科教えられたわけではない。もともと理系なので数学や理科は教えることはできると思っていた。ところが最初に勤めた塾で「小学生の国語を担当してください」と言われてしまった。
「アノ、理系出身なんですけど」とは思ったが、結局担当することになり、どうすればいいかをいろいろ考えた。教科書準拠のテキストに要点が書かれていないから念入りな予習が必要だ。
つづいて何年か経ち、人がいないので私が社会を教えなければいけなくなり、これまたどうすればいいかを考えた。
国語と違い要点はテキストに書いてあるが、どれが大切な(覚えなければいけない)言葉なのか、その言葉がどういう意味なのか、自分の言葉で説明する必要がある。
説明時に私がテキストを丸読みするのは、2通りある。
①ひとつは自分が説明した後に「ここに書いてあることは今私が説明した内容だ」ということを言いたい場合。
②もうひとつは「これは覚えなくてもいい」場合。
ただテキストを読む授業にはしたくないと思っている。それを読むだけなら授業はいらない。自習すればよいのだから。
このように必要に迫られてではあるが、結果としてこうしたことが今の小中学生なら全教科担当できる私につながったということだ。
「若いときの苦労は買ってでもせよ」とか言った人があるそうだが、本当に苦労した(上に書いているエピソードではない)私から言わせると苦労などタダでもいらない。
しかし上の私のように学力は自分にとってプラスになるときが来る。そのときのために今しっかりと学力を蓄えよう。
P.S.前回のブログで「書く内容を忘れた」としたが、結局記憶に甦らずお蔵入りとなりそうだ。
最後までお読みくださりありがとうございます。
(I)

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