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2019.09.09

[254]昔の思い出4

 

前回に続いて、自分で塾を経営していた頃の話である。アナタにとって間違いなくお役に立て「ない」話だが、気楽にお読みになっていただきたい。

私の経営していた塾は自治会館を使用していたため、会館の部屋の空き具合によって自分の思うように授業が組めない場合がある。会館を使用できない曜日があったので、違う塾に出稼ぎに行くことにして応募。新しく立ち上げることになったため講師募集をしている塾(現存しない)に採用される。平成12年3月勤務開始で、私が記念すべきこの塾での授業第1号である。その後も高校生の数学を教えられる唯一の講師ということで重宝された。

ところが、その年の末(12月24日、覚えていたのではなく、調べたらそうなっていた)、事務方さんから電話。

「部長(代表者)が逮捕された」

もうこれは「は?」としか言いようがなかった。「逮捕」とか、私が知っている人の中で、芸能人のように相手が私のことを知らない人を除くと、初めて聞く話だ。きっとアナタの周りで逮捕されたなどという話はナイだろう。なかなかの衝撃である。聞いた話だと無免許なのに車を運転していて駐禁で引っかかったとか。

その塾は部長がいなくなったため年内で終了となる。この電話をしてきた事務方さんが財産を持って消えてしまったようだ。

このあとどうなったのか知らないが、とりあえず残された生徒を何とかしなければいけない。幸いにも開校1年目だったためいわゆる「受験生」がいない。私としては(本当は差をつけてはいけないが)、この塾で授業第1号となった小学生が3人姉妹で来ていたが、その3人だけでも何とかしたいと思った。しかし存続不能の理由に「逮捕」はマズいので、適当な言い訳をして存続不能を伝えた。その家ではアパート経営をしていて家も広く、この家には離れの部屋もある。中学生も何人か存続できることになったが、1月・2月あたりはその中学生のひとりがたまたまお寺に住んでいたので、そこを一時的に借りるなど、バラバラの場所で授業をしていた。結局その「離れの部屋」を使わせてもらえることになる。なおこの1年後、3姉妹の姉が附属明石に合格した(前回のブログで触れている人である)。この塾は1年半という短い期間ではあったが、私の経営する塾の分校として存在した。こんな小さい塾に分校があるとかなかなかマヌケな話である。

このゴタゴタも今思えば懐かしいの一言で片付くが、あの頃は大変だったなぁとしみじみ感じる。この頃に聞いていた曲のこの歌詞が思い出される。

「吹雪にも似た激動の平成(いま)」

まさに吹雪のように襲った出来事だった。

最後までお読みくださりありがとうございます。
(I)

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