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2018.04.11

[150]反面教師

人が集まると必ずいる「自分のことしか考えない人」。私の周りにもこういう人がいるので常に気分の悪い思いをさせられる。
えっ?誰かって?それは黙っておこう。
えっ?アンタだろだって?すみません、気をつけます。

ここでは気分の悪い思いばかりをせずに、「自分のことしか考えない人」はこういう言動が多いと思う、私なりの意見をまとめてみることにより、これを避けないと「自分のことしか考えない人」になってしまうよ、という警告をしてみたいと思う。もしかしたら「いるいる、そういう人」という共感を持ってもらえるかも。

1.そう思わない?
「あの人って自分勝手よね、そう思わない?」のような感じ。
正直、ノーと言えない。

2.何人かで電車に乗り、席に座るとき。集団の一番前にいる人が一番手前(端)に座る。
気が遣える人は後の人のことを考えて一番奥に座る。

3.共用スリッパを脱ぐとき、自分の進んできた方向のまま脱ぐ。
気が遣える人は向きを変えて次に使う人がすんなりできるようにする。

まあ細かいことをタラタラと⋯とお感じの人もいらっしゃるだろう。それは正しい意見かもしれない。しかし、ちょっとした気遣いをさりげなくできる人は本当に素晴らしい。逆に一番厄介なのは、自己中の人がこの文章を読んでも気づかないことである。私を含めて他人への気遣いができる人になりたいものだ。

それにしても自分勝手な振る舞いによって気分の悪い思いをさせる人って必ずいると思う。「そう思わない?」 あっ、しまった。

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2018.04.06

[149]さよならエレジー

皆さんは「昔はよかった」と思うことはあるだろうか。

この書き出し見たことがあるゾ。ん?ないって?実は[115]サウダージと同じ書き出しにしてみた。

ラジオを聞いていると「さくら」がタイトルに入った曲が多く放送されている。時期的に仕方ないところではある。今年の桜は早くも散ろうとしているが。
これを聞いていて、その曲を多く聞いていた頃を思い出した。「あの頃はこうだったなあ」「なつかしいなあ」とかいろいろなことが頭をよぎる。

どうも最近昔のことを思い出すことが多くなったような気がする。過去の反省を生かすために思い出すわけではなく、単に先ほども触れた「あの頃はこうだったなあ」「なつかしいなあ」という発想のみである。中には淋しいものも含まれる。

あまり過去に執着しすぎるのもよくない気もするが⋯

皆さんには「子供の頃の方が良かった」などと言わず、これからのことを楽しみにするような生活を送ってほしいと思う。

ということで今回の本文は終了。

なお、お気づきのとおり、今日のタイトルは菅田将暉の「さよならエレジー」を意識してつけている。

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2018.04.03

[148]受験は売り手市場?

今回の話は正直、当たり前のことである。
就職活動が始まり、よく聞く言葉が「学生有利」「売り手市場」だ。

しかしこれを勘違いしている学生もいらっしゃるようだ。「売り手市場と聞いてのんびりしていたら取り残された」とか。どんなに売り手市場であっても企業は魅力のない学生を採用するはずなどない。昔は「終身雇用」が当たり前の時代だったから、いわゆる「窓際族」などというようなものもあったが、今日日そんな余裕のある会社は極々少数。つまり仕事をしない人を抱えるなどと言うことはナイ。ましてやこれから採用する人で仕事をこなしてくれるか怪しい人を採るとは思えない。「学生有利」「売り手市場」などという言葉に惑わされないようにしたい。

一方、受験はどうだろう。大学受験こそ「売り手市場」だろう。大学の募集人数の合計と受験生の合計はほぼ同じ。つまり選ばなければ計算上、大学に1人1校の割で入れることになる。ただしそれはあくまでも「計算上」の話。上位校の倍率は相変わらずで、いわゆる中堅校の定員割れが発生しているようだ。実力もないのに上位校ばかりを受ければ全部ダメ、ということもある。「大学」と名のつくところならどこでもいい、などと考えて努力をしないと「中堅校」でも滑る。いくら定員割れでも能力が著しく不足していれば落とすこともあるはず。

しっかり実力をつけて試験に臨んでもらいたい。

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2018.03.31

[147]大丈夫の使い方が大丈夫でないことがある

ラジオで耳にした話である。

『「No thank you.」と言いたいときに「大丈夫です」という人が増えているが、これが耳に引っかかる。』

鈍感だった。私はあまり気にしていなかった。そこで、「大丈夫」の意味を調べてみると大丈夫に「No thank you.」の意味はなかった。
言葉は時代とともに変わるモノであるから、もしかすると市民権を得るかもしれないが、少なくとも今のところはこの意味で使わない方が無難と考えた方がよさそう。

それよりこれを調べていてもっと気になることがあった。
それは「大丈夫」に敬語の意味が含まれていない、ということである。
したがって目上の人に「No thank you.」と言うために「大丈夫です」というのは避けた方がよさそう。

皆さんの言葉遣いは「大丈夫ですか」あっ、使ってしまった。

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2018.03.26

[146]借金は誰からするのか

給料の話からいこう。「給料は誰からもらうのか」という質問に「会社から」という人が多いが、「給料はお客様からもらうものだ」という考えもある。確かに会社はお客様がいてこそ成り立つ話であるから、そのように考えるのはごく自然な話だと言える。

これと同じような考え方で「お金は誰から借りるのか?」という問いを投げてみよう。「知人から」「家族から」「銀行から」「消費者金融から」など、人や団体を上げるのが普通だろうが、「お金は未来の自分から借りる」という考え方はどうだろう。

大学で奨学金を借りて、卒業後に返済できなくて破綻・自己破産、などという話を聞いた。未来のことは分からない部分もあるが、奨学金の返済が月4万とかいう話を聞くと、返済の方法に無理があるのではないかという気もする。[84]「給付型」奨学金は避けようで、「返済中は経済的に非常に苦しい時期もあった。それでも借りているものだから必ず返さなければいけないと思い、何とか期限を間に合わせた」と書いた。返せた最大の理由は「1か月の金額がそれほど多くなかったから」である。

今後、皆さんもお金を借りる機会が出てくるだろう。その「借りる」は「100円貸して」とかの世界ではなく、もっともっと金額の多い話である。その「お金を借りる」ことで未来の自分の首を絞める可能性があることを肝に銘じて考えるようにしてもらいたい。

「お金は未来の自分から借りる」のである。自分の未来から借りるから返済期限を守らなくていいとか、際限なく借りてもいいとかいう考えは勿論ダメ。返済期限を守らなければ信用はガタ落ちになる。多く借りたり、返済方法に無理があったりしたら将来自分が苦しむというごく当たり前の発想も生まれるだろう。

ご利用は計画的に。

ん?マズい締めになったような気が⋯。

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2018.03.19

[145]サザンカ

夢を追う君へ
思い出してくじけそうなら
いつだって物語の主人公が立ち上がる限り
物語は続くんだ

これはSEKAI NO OWARI「サザンカ」という曲の歌詞である。そう人生の主人公は紛れもなく「自分」であるから、自分が立ち上がろうとする限り希望が続くのだ。

人生は何度も心が折れてしまうことがある。かく言う私も心が折れたことはあった。しかし、諦めてはいけない。自分の気持ちが一番大事だ。

今逆境にある人も諦めないでほしい。

なお、この「サザンカ」は平昌オリンピック・パラリンピックNHK放送テーマソングとなったので、聞いたことのある人も多いだろう。しかし、知らない、という人もいらっしゃるだろう。そこでyoutubeのリンクをつけておこう。【!】音量にご注意の上でクリックしてください。

なんか最近ポルノグラフィティとかジュークとか曲紹介が増えていて暴走している感が⋯気にしないことにしよう。

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2018.03.16

[144]素晴らしい言葉遣い

最近あまり取り上げなくなった「言葉遣い」のことである。

高校生くらいならしょうがないかと思うが、大人になっても自分の親のことを他人に話すときに「お父さん・お母さん」という人が増えたような気がする。「父・母」とするべきである。大学生ならまだそんなにいろいろ思われないかもしれないが、社会人ならそんなの当たり前。社会人でできていない場合は意識して直すべきだと思っている。このブログを読んでいる皆さんもそういう意識は早めにつけた方がよいだろう。

また「長」はそれだけで敬称を表すので、その後ろに「さん」などをつけるのも誤り。「社長さん」「校長先生」など。

その一方でこんなこともあった。ここが今回のタイトルである「素晴らしい言葉遣い」の部分である。

ある小学生(今はもう小学生ではナイが)の言葉であるが、今でも忘れられない。

「兄がお世話になりました」

「お兄さん・お兄ちゃん」ではなく「兄」である。しかも、「お世話になりました」である。小学生でしかも妹の立場でこれが言えるのは大したモンだ。事務所でもこの話はしたことがある。

大人ができていないようでは情けない。

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2018.03.11

[143]学年末試験を終えて

卒業シーズンである。卒業と言えば「卒業の歌、友達の歌。」[歌:19(ジューク)]を思い出す。[115]サウダージ同様私の一番「先生らしい」振る舞いができていた頃に聞いた曲である。ぜひ聞いてほしい。【!】音量に注意してクリックするようお願いします。

ん?「学年末試験を終えて」とどうつながりがあるか、だって?
あっ、いきなり脱線してしまった。学年末テストとはまったく関係ない。ということで、ここからが本題。

昨日をもって関ゼミ生全員の学年末テストが終了。まずは「お疲れ様でした」。
あれ?[124]期末テストを終えてと同じ書き出しのような気が⋯。「期末」が「学年末」に変わっているだけであとはまったく同じだ。

さて今回の感想を一言でまとめると、「女高男低」。こんな4字熟語は存在していないが、今回に関しては結構的を射ていると思う(的を得ているは誤り!)。手前味噌で恐縮だが。

では何が「女高男低」なのか。

昨日をもって関ゼミ生全員の学年末テストが終了、と表記したが、当然全員同じ日程ではないので、もっと早く終わっている人もいらっしゃる(おられるは避けよう!)。その人たちはもう結果も出ているのでうかがうと、男子からよい話がなかなか出てこない(ところどころ煩い文字があるが気にしてほしい)。

また気合いひとつとっても女子のほうが入っている感がある。あるクラスでは女子が頑張って問題を解いている裏で男子が疲れ切っていたという状況を拝見した。これは’たまたま’かもしれないが、今回の象徴のような状況になっていた。男子の方が集中力がないと感じる場面もあった。

男子の皆さんの巻き返しを期待したい。

なお、次の年度に移行するにあたり、テスト対策を見直したいと考えている。具体的には「私の頭の中でこうしよう」というモノがある、という段階なので述べない。また、テスト前の自習時間に遊びまわっている人がいたので、これについても一考の余地がある。

新年度もより良いものを提供して関学ゼミナールを盛り上げていこうと思う。ぜひ、ついてきてほしい。

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2018.03.06

[142]裁量労働制

今回のテーマは「裁量労働制」。聞いたことがある、という人もいらっしゃるかもしれない。

これについては様々な議論がなされているが、今の日本でこの考え方をいきなり導入するのは絶対にダメだ。恐らく際限なく仕事が増えてしまう。某塾では専任講師で残業代がないので、散々こき使って、その先生は体調を崩してしまった、という実例がある(注:某塾は関ゼミではナイ)。「裁量労働制」で懸念されているのはきっとこういうことであろう。仕事量に合わせて給料を設定すればよいが、その基準が分からない(もしくは決められない)ので、「時間」で設定しているのであろう。

ただもう少し、「裁量労働制」のような考え方を導入してもいいのではないかと思っている。「時間労働制」に縛られ過ぎではないか。これについては拙者ブログ「[139]中身で勝負しよう」で述べたとおり「時間労働制」だと非効率のほうが給料がよくなるからだ。17時で帰宅する学校の先生に苦言を出すとかいう人がいるという記事を読んだことがあるが、働く時間が多ければそれでいいという考え方は間違っている。17時で帰宅するのに間違いなど何もナイ。むしろ効率よく仕事ができたと考えてもいいのではないか。

私の例だと、先週土曜日に夜10時半くらいまでテスト前の生徒の対応をした。残って勉強をしていたのである。これで「残業代をくれ」というのは論外。文句があるなら時間内にちゃんと理解させればよいからである。しかし、この日は「テスト対策」で私一人で10人程度の生徒、しかも全員が内容の違うことをしている、と言ってもいい状態で、個別対応をするから細部まで行き届かないこともある。そのうえで「私は残って勉強するから教えてほしい」と言われるのは、考えようによってはちゃんと理解させるには打って付けだとも言える。
ただ、贅沢を言えば夜遅すぎるのはちょっと⋯

勉強は「裁量労働制」でないといけない。多い時間勉強したので満足しているようではダメで「達成」して初めて満足してほしい。

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2018.03.04

[141]気持ちに余裕を

問題が難しければ、シメタこれはほかの連中にできないぞ、と考え、問題が易しければ、シメタこれはオレにもできるぞと思うことだ。

何かの折に私が目にした言葉である。

受験ではこのような気持ちの余裕がほしい。とはいってもこの時期なのでもう受験はほとんと終わっている。あとは大学の後期試験か公立高校一般受験くらいしかない(ちなみに関学ゼミナールでは公立高校を受ける人は推薦で受かっていて、一般を受ける人はいない)。受験というのは不思議と周りの受験生が「よくできる人」と見えるものであるから、発想の転換が必要だ。

これから受験の人に、最高の結果が出ますように。

文章が少ないが、これで終わりとしよう。

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