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2018.01.13

[128]ストレスフリーは目指せるか

いよいよ今日、センター試験&中学入試である。受験生の皆さんは是非とも日ごろの成果を発揮してもらいたい。
さて、話は変わり、皆さんはストレスを感じることはあるだろうか。人が集まれば基本的にストレスは生じるものだと思っているが、私の場合、溜まったストレスを発散するところがナイので、溜まる一方である。従って私はストレスの宝庫となっている泣。発散する方法をコメントしてほしいところだ。
このストレスであるが、高がストレスなどと舐めていてはイケナイ。ストレスは高じて病に陥ることがある。だから「発散する方法をコメントしてほしい」と書いたのである。他人のしているストレス発散法を真似して自分もストレス発散を⋯と思ったのだ。
しかし、もっと目指したいのはストレス発散ではなく、除去することである。私が以前に所属していた塾に比べるとここはかなりストレスの少ないところではある。しかしそれでも何某のストレスはある。
ここでは私のストレスを減らすことより、皆さんにもどうやったら自分のストレスが減るか(できればなくなるか)考えてみよう。
おたがいストレスのない楽しい塾生活を送れるように。

最後までお読みくださりありがとうございます。
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2018.01.07

[127]人の存在はありがたい

いよいよ次の土日がセンター試験・中学入試である。この受験を控えている皆さんは毎日が厳しい状況であろう。
が、ここでは違う話を。受験とはまったく関係ない話ではあるが。

冬期講習も終わりを迎えるこのとき、事件発生(大袈裟な表現)。
個人が特定できないよう、事件の内容は明らかにしないが、夜に電話がかかってきて問題が発生しているとのこと。関ゼミへ電話をしてきているというだけで相当困っていることがうかがえる厳しい内容。私も対応しようとしたが、すぐに八方塞がりとなり、ダメ元で理事長に相談。夜の遅い時間だが、理事長が解決してくれそうな人を考えて何人かに電話をしてくれた。しかし、ぴったりの状況はなかった。
結果的にこの問題は解決をみたのでよかったが、お役に立てなかったことが悔しかった。

私のことはさておき、ここでピックアップしたいのは上の文章のここ。

「理事長が解決してくれそうな人を考えて何人かに電話をしてくれた」

突然の電話でご迷惑をおかけしたことをお詫びする。しかし、夜の突然の電話にもかかわらず、どの人も非常に好意的な対応をしてくれた。本当に困っているときに親切な対応をしていただいたことは身に染みて有難いものだ。

お電話があった皆さん、本当にありがとうございました。深謝申し上げます。

最後になったが、対応をしていただいた理事長、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。

最後までお読みくださりありがとうございます。
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2018.01.03

[126]新年の目標?

謹賀新年
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
ありきたりな挨拶文で始めてしまったが、特に凝る必要もないのでこれでいいとしよう。
関学ゼミナールでは、昨日から小6の授業が始まっている。私も今日から授業である。今日は中3、高3の授業が始まり、その他受験と関係ない学年でも明日から授業がある。少しずつ正月気分を抜いていこう。

さて新年第1回のブログなので無難に⋯と思いきや、まるで逆。また方々から苦情が出るかも?
「新年の目標」を今回のテーマに掲げたが、「?」が付いている。なぜだ?ということだが、私の言い分はこうだ。
目標を立てるのはよいが、すぐ忘れてしまうくらいなら、目標を立てなくても変わらないと思うからだ。どうせ目標を掲げるなら、周りに宣言するなどして逃げられない状況を作るべきである。掲げる以上は達成する方に向かわないといけない。学校で言われたから仕方なく⋯ではなく、きちんと(少し高めで)達成可能なものを立てよう。「すぐ忘れる」or「達成不能だがとりあえず書いた」目標など、ナイ方がマシだと思う。
逃げられない状況を作るべき、と書いたが関ゼミ通信昨年8月号に同じようなことが書いてある。あわせて読んでほしい。

改めて今年もよろしくお願いいたします。
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2017.12.23

[125]言葉には敏感になろう

冬期講習で授業が本格的に増えてきたこともあり、今年のブログ投稿も今回がラストになるであろう。
今回の話は細かいことを⋯というご意見があるかもしれない。
次の2つの例は実際に私が耳にしたことである。なお関ゼミの生徒ではない。

①「違う」を連発する人。
話し相手から『あなたの返事は「違う」だ』とまで言われていた。真顔ではなく冗談っぽく言ったので当の本人は気づいていない。私ならそこまで言われたら屈辱だ。
さらに、「違う」と言った後にこちらの言ったことと同じ内容を話す。

②自分のしたこと、言ったことに対して「私ら」を連発する人
「私らはすぐ衝動買いするから」のようなな感じ。
「私は違うよ」と何回か言ったが、これまた当の本人は気づいていない。

どちらにも共通して言えることは「自分が正しいと思い込んでいる」だと考えている。

まず①であるが、最初に出る言葉が「違う」というのがやたらと多い人は根底に「自分=正しい」という考えがあるから、相手が違うことを言ったら「違う」という言葉が出るのだ。内容が同じでも表現が違うので「相手の意見≠自分の意見」という図式になっているのでは?
つぎに②であるが、なぜ自分だけでなく「私ら」なのか。これは根底に「自分がこうだから相手も同じはず」という考えがあるから、「私」ではなく「私ら」になるのだろう。

「考えすぎじゃない?」というご意見もあって然るべきだろう。ただ、言葉は気を遣い過ぎる、ということはないから、皆さんは細かい言葉遣いに気を遣える優しい人になってほしいと思う。

1年間お付き合いくださいましてありがとうございます。来年もよろしくお願いいたします。
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2017.12.15

[124]期末テストを終えて

昨日をもって関ゼミ生全員の期末テストが終了。まずは「お疲れ様でした」。
今回の期末は私にとっては長かった。方々で話しているから聞いたことあるかもしれないが、私の場合期末1週間前~テスト最終日を「テスト期間」ととると、これが1か月あったことになる。最も早い人の期末1週間前は11月13日。前述のとおり最後の人たちのテスト終了は昨日。バラバラなのは仕方ないが⋯。
さて今回の感想を一言でまとめると、「疲れた」。
生徒たちは勉強してくれるので、それにお応えすべく、本来設定のないところ(=授業時間外)でも対応したが、今回はその対応が、(11月13日~12月14日の期間の)後ろに行くにつれて増えてきたという特徴がある。日曜のテスト対策(12月3日)では12時終了のところ最大1時半まで対応したり、昼間のテスト対策(12月7日)では6時終了のところ最大9時まで対応したり、全部の授業終了後11時過ぎまで対応したりもした。
今、「11時過ぎまで対応した」と書いたが、正直好ましくないと思う。夜遅いのは治安の問題で避けるべきところ。また、次の日の午前中に睡魔が襲うこともあるだろうから、(テスト期間中は)なるべく昼間に質問してほしい。
また、[110]中間テストを終えてで書いたことの懸念材料が解消されていないことも判明。
①分からないことをテスト直前(本当に直前)まで放置している人がいると感じた。
②「どこを教えてほしい?」、生徒:「全部」。勉強していない証拠である。
この2つはいずれも、[110]中間テストを終えてからの抜粋である。残念ながら今回も①②両方が発生してしまった。
「期末テスト前は1人でも多くの生徒に指導できるよう、1問でも多く不明なる点が解決できるよう、少しでも皆さんが満足できる度合いが増えるよう、していきたい。お互い工夫・努力していこう」
これも[110]中間テストを終えてで書いたことだ。中間テストのときよりは多くの人に対応できたと思うが、理由は単純にテスト期間が中間のときよりばらけていたから。それだけである。
今回一番言いたいことはここから。

「質問する前に自分で勉強するようにしてほしい」

ゼロから全部を聞こうとする人がいた(上の②にあたる人)。が、これは時間の大幅なロス。ある程度知識をつけ、自分で演習問題を解き、その上で質問に来るようにお願いしたい。私は時間が多く取れないからどうすれば効率よく指導できるか考えなければいけないのに、本来自分ですべきことまで丸投げ的に私のところへ来られてしまうと対応に限界が来てしまう。

「失敗はやむを得ない、ダメなのは同じ失敗を繰り返すことだ」

学年末テストではこのような失敗が消えることを期待する。なお学年末は一番早い人は2月8日が初日、一番遅い人は3月10日が最終日である(12月15日現在で判明している日程をもとに記載しているが、おそらく不明分もその範囲でおさまるだろう)。自分のテスト日程を把握して早めに対応しよう。

最後までお読みくださりありがとうございます。
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2017.12.12

[123]キャンセルについて

今日は皆さん生徒だけでなく私たち大人にも気をつけなければいけないことを書こうと思っている。
それは「キャンセル」のことである。「ドタキャン」という言葉もあるが、基本的に避けなければいけないことである。【担当者は、そのために予定を空け時間を作っている。状況によっては資料を用意したり、そのためにわざわざ出向いたりしていることもあるだろう。その苦労を考えればありえないことと認識するのが普通だろう。
ドタキャンが正当化されるのは、風邪を引いた、怪我をした、などであろうか。忌引などもやむをえないと思ってもらえるだろう。】
これは何のためにかいた話かと申し上げると、皆さんの場合は授業のドタキャンという可能性があるからだ。
先ほどの【  】と同じように文章を作ると、
担当する先生は、授業のために予定をあけ、時間を作っている。状況によってはプリントを用意したり、そのために違う館に(例えば東館から西館へ)出向いたりしていることもあるだろう。その苦労を考えればありえないことと考えていい。
ドタキャンが正当化されるのは、風邪を引いた、怪我をした、などであろうか。忌引などもやむをえないと思ってもらえるだろう。学生の場合は、学校が長引いたなども仕方ないものと考えられる。
しかし、どんな場合でも連絡は必ず入れよう。連絡なしに休んではいけない。個別であっても原則として前日までに欠席の連絡がなければその時間は授業をしたものとみなすことになっている。私のように1人しかいない生徒が何らかの理由で来なかったとしても、するべきことがいろいろある人は(作業をしながら待てるから)まだよいが、その授業のためだけにわざわざ来ている先生もいらっしゃる。そのときに生徒が1人なのに授業が飛んでしまうと何のために来たか分からなくなってしまう。ここで連絡があればまだ仕方ないか、と思えるが、連絡なしだといつ来るか分からないからずっと待たなければいけない。連絡しなければ先生をずっと待たせていると考えるようにしてほしい。

最後までお読みくださりありがとうございます。
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2017.12.07

[122]明日はきっといい日になる

明日はきっといい日になる、いい日になる、いい日になるでしょう

急に何を書きだすのか⋯と思ったかもしれない。これは高橋優の「明日はきっといい日になる」という歌の出だしである。
この曲が発売された頃の私は入院していたのでまさに「明日はきっといい日になる」ことを信じて生きていたのである。
今いろいろなことで悩み事がる人も「明日はきっといい日になる」ことを信じてほしいと思う。
なお、どうしても行き詰っている人は[120]怒りでも書いたが私のもとへきてください。話を聞くぐらいしかできないが。

この歌のエンドでこのブログを締めくくろう。

君が笑えばいい日になる、いい日になる、いい日になるでしょう

最後までお読みくださりありがとうございます。
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2017.12.03

[121]コマーシャルより

またまた言葉遣いの話である。
今回はラジオCMからの引用である。

父「ちょっとドコモショップ行ってくるわ」
母「なんで?」
父「いや、俺のスマホ、今の料金プランが一番ええかシュミレーションしてくるわ」
母「そんなんしてくれるん?」
父「うん、してくれるらしいわ。シュミレーション」
母「へえ~。でな、シミュレーションやで」
父「え?」
母「シミュレーションな、アンタさっきからシュミレーション言うてるで」
父「言うてるで、シュミレーション」
母「だから違うって、シミュレーション」
父「どっちでもええって、だいたいふいんきで分かるがな」
母「ふんいきや、ふいんきちゃうねん、ふんいき」
父「うるさいな、そんな細かいとこ突かれたらコミニケーションでけへんねん」
母「コミュニケーションや、コミュニ」
父「え?コミュニなんや。うる覚えやったわあ、的を得た指摘ありがとう」
母「的を射たね!ほんで、うろ覚え」
父「うるさいな、しゃーないやん、俺ミス多いんや、ちょっちょこおおいやから」
母「おっちょこちょいね、なんやねんちょっちょこおおいって」

ここまででこのCMは40秒だか字にするのは大変だ⋯と私のことはさておき、間違って覚えていた人は正しく直そう。最近頓に「ふいんき」を耳にすることが多く気がかり。きちんと直してほしいと思う。

最後までお読みくださりありがとうございます。
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2017.12.01

関ゼミ通信 平成29年12月号

~人の『想い』は変えられない~

人は、“行きたい学校”があるから、勉強する。その“想い”は誰も邪魔することはできない。その代償は、すべてに優先して、100%没頭してその行きたい学校の事を一心不乱に考え、勉強する事。他の事が、例えばお正月・クリスマスやファッションや遊びの事などが頭をよぎるようでは、皆が行きたいと思っている学校の合格はおぼつかない。やる時は100%の集中力をもって事に当たる生徒にのみ、受験の神様は微笑む。

その為には、自らを崖っぷちに立たせれるかどうかだ。最後の追い込み期に100%集中できる自分と出会うことこそ、受験勉強のメリットだ。逆に我々のような凡人は、この『集中力』をもってしか、元々頭のキャパが大きい人には対抗できない、そしてこの「集中力」は、連鎖し、先々で繰り返される。この時期の没頭感があれば、次のステージ、大学、社会人になっても、すぐに自分の『想い』を具現化する事に集中できるようになる。逆にこの時期に、『100%集中してやり切ったよな』という感覚がないと、先での充実感はなく、味気ない人生が待っている。

~36期生全員の志望校合格を心より祈る~

理事長  中井信哉

2017.11.30

[101]~[120]

[81]~[100]

[101]御座候を食べよう

[102]クールビズの設定温度は28℃ではない

[103]気にしている

[104]誤字に気をつけよう

[105]辞書にチェック機能を持たせる

[106]気分転換

[107]するべきことはきっちりこなそう

[108]言葉遣い

[109]選挙に行こう

[110]中間テストを終えて

[111]オンリーランナー ~大阪マラソンに出場する今村先生を応援しよう~

[112]先憂後楽

[113]またまた言葉遣いが気になる

[114]文化祭で感じたこと

[115]サウダージ

[116]喉元過ぎれば熱さ忘れる

[117]信頼は一瞬で崩れることがある

[118]自分のことはしっかり把握しよう

[119]いつまでも生徒

[120]怒り

[121]~[140]

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