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2018.11.04

[202]文化祭後記

関学中学部・高等部では文化祭がおこなわれた。関学中学部・高等部の皆さん、お疲れ様でした。

中学部文化祭

当ブログでは珍しい写真付きである。初めてか?ちょうど人が途切れたので撮影してみた。

「撮影してみた」の言葉から、私が撮影したものであることが分かってもらえるだろう。つまり、この文化祭に私も登場した、ということである。生徒の皆さんの中には私に出会った人もいらっしゃるはず。

今回の目標は生徒全員の顔を見ることであった。残念ながら達成できなかったが、顔を見ることができた人を羅列する。名前を書くのはマズいから、学校のクラスで表現しよう。

高3⋯0名
高2⋯0名
高1⋯2名(1D・1F)
中3⋯1名(クラスは不明)
中2⋯生徒5名(2A・2C・2D・2E・2F)、保護者2名、先生1名
中1⋯8名(1A・1A・1C・1C・1D・1D・1E・1E)

なお、達成率は64%である。顔は見たが、声をかけたり、挨拶をしたりしていない人は会ったことになっていない状況での人数である。また、先生1名は声をかけたり挨拶したりはしていないが、名前も顔も知っているので、特別に書いてみた。自宅から金魚を持ち込んでいるあの先生のことである(書いていいのか?特定できるぞ)。

このとき、難しいのはこちらから声をかけるべきかどうかだ。中には私に声をかけられたくない人もいらっしゃるだろう。そこは私には分からない。なので相手が私の存在に気づいたときにどういうリアクションがあるかで判断する。話しかけてほしくなければポーカーフェイスでいるだろう。ところが、とんでもなくびっくりするリアクションをしている人がいる。
「アナタ学校で私を見かけるのはもう3回目でしょ」
と思ったのだが⋯。

なお、昨年も同じテーマで記事を書いたが、少し状況が変わってきている。[114]文化祭で感じたことで書いたとおり、昨年は私の顔を見てみな一様に驚いていた状況だったが、今年は私の顔を見ても驚かない人が大きく増えた。特に中1生はほぼだれもが驚くそぶりを見せなかった。

生徒の状況を見ていると、基本関ゼミで見る生徒と大差がナイ。関ゼミでテンションが高い人は学校でもそうだし、逆も然り。1名とんでもなくテンションの高い人がいらっしゃった(私が何かに食べられたり、落とし穴にはまったりしている写真を撮っているアナタ)が、この人こんなにテンション高かったかな?

また、全員ではナイかもしれないが、行事を楽しんでいる様子がうかがえた。行事に楽しい思い出のナイ私にとっては羨ましい限りである。

今後もこのように卒然と現れることがあるだろうから、覚悟しておいてください。どこで登場するかは基本予告しないが、だいたい想像がつくだろう。

なお、上記目標を達成するために学校内を3時間近く歩き回ったため、足が疲れた。

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2018.11.02

[201]群集心理問題

少し前の話だが、渋谷のハロウィン騒ぎが報道されていた。その日はハロウィンよりもっと大事なものがあるというのに⋯。
それはさておき、この騒ぎの問題、騒ぎのどさくさで物を壊したり、人に危害を与えたりしている輩がいる。忌々しき事態である。どんな状況であっても、出頭して罪を償うべきだ。ハロウィンとは言って無意味に騒ぐのは単なる迷惑行為。というか犯罪行為。

それより気になるのは、最初から物を壊したり、人に危害を与えたりしようとして集まっているとは思えないことだ。しかし、場の雰囲気でそうなったものとも考えにくい。当人は潜在的にそういう考えがあったのだろうか。しかし一人なら、このような行動には出なかったのではないだろうか。人が集まって、同じ行動に出る人がいるということなのか。

人が集まって心強いからと言って人様に迷惑をかけるのは論外である。

しかし残念ながら大人数で騒いでいるのが他人事でなく、関ゼミでも発生しているという極めて不快な状況が。

このような人様に迷惑をかける行為の該当者は猛省を促すが、理解できないようなら、全力でつぶしにかかるので、覚悟してもらいたい。

一方、ハロウィンで集まった若者がゴミ拾いをしている姿もあった。皆がこのような精神をもって集まるなら、こういうイベントも悪くはないだろう。

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2018.10.31

[181]~[200]

[161]~[180]

[181]天災

[182]過去の話2

[183]魚心あれば水心

[184]表記の問題

[185]成長

[186]健康に気をつけよう

[187]もうすぐ中間テスト

[188]台風

[189]カワムラ鉄工所

[190]プラス思考

[191]形見の品

[192]何でも早くなる傾向の見直しを

[193]車内での携帯電話での通話はご遠慮ください

[194]模試の監督

[195]死は分かるのか

[196]入院生活

[197]将来何をしたいか分からない

[198]年齢相当の行動を

[199]中間テストを終えて(30-2)

[200]不登校を考える

[201]~

2018.10.31

[200]不登校を考える

当ブログも数えて今回が200。今日という記念日に達成できた(というかそうなるようわざと1週間サボった)。いろいろ書いてきたが、勉強とは関係ない話も混ざっている。そういう話の場合は読んだときに何某のことを感じていただくだけで充分目的は達成されていると考えている。お読みの方がそのような感じで何か考えるモノになっていればありがたいことである。それよりお読みになっている方は多くないだろうから、そういう方がいらっしゃるだけでもありがたい。

今後の更新予定であるが、次の記事はもう決まっていて、今週中に更新できる。その次もほぼ決まっていて、来週月曜日(火曜になるかも?)あたりにアップする予定である。その内容はまだナイが、今週中に内容が必ず生まれる(勘の鋭いアナタは何のことか分かっただろう)ので、月曜までに書き上げることを目標にしたいと考えている。これ以降予定はなく、のんびりと更新していくことになるだろう。特に[189]~[198]は事情があって毎日更新したが、これに比べるとペースダウンとなるだろう。

拙文ではあるが、今度ともよろしくお願いします。

さて、今回のテーマは「不登校」。皆さんのクラスにも不登校の生徒がいらっしゃるかも。過去のクラスにいらっしゃった、というケースもあるだろう。

が、昔自分が不登校だった、もしくは、今自分が不登校です、ということもあるだろう。この人たちは辛い毎日を送っている可能性が高い。そこで不登校について、私なりの視線で考えてみたいと思う。

私は学校(小中高)が楽しかった、という思い出はほとんどナイ。しかし、不登校ではなく、中3から高3まで4年間皆勤で高校からは皆勤賞もいただいた。なので、学校の体験では参考にできないので、別の体験をもとに考察する。そうでないと単なる半可通になってしまう。不登校の生徒を指導したこともあるから、それも考慮して書いていこう。

私はある宗教(ここではS教とする)を信仰していたが、あるゴタゴタで行くのをやめた。家族も信仰しているが、私に復活してもらいたいという気はあるようだ。S教についてあまり触れるとこれを信仰している人に不快感を与えるので、詳しくは触れないが、私の感想は
①言っていることは綺麗だが行動がかけ離れすぎている
②自分の考えは正しいと病的に思い込んでいる
以上2つだ。なぜS教に行こうとしないのかを聞かれたとき、すんなり答えられるように用意しているからこうして挙げられるが、もしこの2つが取り除かれたらS教に復帰するのか、と聞かれれば「多分復帰しない」が答えだ。もう行かなくなってから適当に年月が過ぎたので、理由などもうどうでもよく、「とにかく行かない」終了。

これって不登校にもあてはまるのではナイかと思った。ある理由により不登校になったとしても、それは決定打であって、それさえ取り除けばOK、ということではなさそう。また月日が経ってしまうと理由云々の問題ではなくなるだろう。

一番大切なのは、学校に行かせようとしないことだ。特に引きこもっている場合は、外へ無理に出そうとすると却って外へ出ようとしなくなる。

高校に通うことも大事だが、高卒の資格が欲しいだけなら、高卒認定という作戦もある。ウチの塾生にも高校を中退したので、高卒認定の資格を取って、大学をめざして勉強に励んでいる生徒もいらっしゃる。高校に通えなかったから人生が終わるわけではナイ。ただ、高卒の資格は取っておいたほうが良い。通信でも何でもいい。中卒(高校中退を含む)だと、一芸に秀でるくらいのモノがないと世の中渡れないのが事実。勉強面であれば関ゼミでもサポートできると思っている。もちろん精神面でもサポートできればベターだが、(初対面の場合は特に)いきなりは厳しいかも。もしよろしければご相談ください。

これを読んで不登校は減らなくても、不登校がもとで人生の負け組になる人がひとりでも減れば本望である。

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2018.10.23

[199]中間テストを終えて(30-2)

今日で塾生の中間テストの全日程が終了。まずは「お疲れ様でした」。

今回の中間テストは一言でまとめると「ぼろぼろ」だ。

何が「ぼろぼろ」なのか。

[その1]私の体がぼろぼろだ。途中で風邪をひき、薬を投与しながら臨んだが、睡魔が襲うなど、満身創痍の状況に。余裕のなさが露呈してしまった。

[その2]生徒の体もぼろぼろだ。最近怪我人が多い。いつもテスト対策にいらっしゃる「あの人」は怪我のため戦線離脱。さらにこの期間に松葉杖をつく人がさらに1人増加。さらに風邪をひいている人も多く、生徒側もかなり厳しいモノがあっただろう。

[その3]やはり登場するが、勉強状況がぼろぼろだ。今回のテスト対策は人数の増加を見込んでいた。これについては[187]もうすぐ中間テストで書いたが、蓋を開けてみれば想定をかなり下回る参加人数。家でも勉強できるならまだしも、正直、あれこれ言ってきた人の参加率が低いことは気がかりだ。まず、塾に向かうこと。塾にいる人に情報を渡すようにしているので、参加しないとその情報を渡す術がナイ。また、参加してはいるが、他人に迷惑をかけている人がいる。本人は自覚がなさそうだから、その本人に直接伝えるので、大きく反省してもらいたい。

また、これは既出だが、関ゼミは来るだけで成績が上がるという魔法の塾ではナイ([174]勉強したつもりになっていないか)。多少の息抜きは必要だが、すぐにスマホを触る人、コンビニへ買い出しに行くのが早い人、私から見れば成績の上がらない原因はその2つの態度、つまり、勉強に集中している時間の短さ、だと思う。

「塾に来て」「勉強をして」、成績が上がるようにするにはどうすべきか。私はいろいろ考えているのに「塾に来ない」「勉強していない」で果たして成績が上がるであろうか。

実はちょうど1年前の2学期中間から定期テストを終えた感想を当ブログで書いている。しかし残念なことに、書いている内容に大差がナイ。同じ失敗を2度以上繰り返さないよう、気をつけてほしい。

最後になったが、今回のテスト中もやまぐちさんにはお世話になった。この場を借りて御礼申し上げたい。

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2018.10.20

[198]年齢相当の行動を

今日、あの人のあれが達成されたので、当ブログの更新はペースダウンすることになるだろう。

とはいっても今回の分をこれで終わるとさすがに中身が全くナイので、感じることを書いてみよう。

今回のテーマは「年齢相当の行動を」。これは最近頓に感じるようになったことだが塾内でも年齢の割に幼い印象を受ける人がいる。

自分が高校生・中学生のときこんなに幼い行動があったかな?回顧してみる。まあ、多少行動が幼くても問題はないかとは思う。ただ特に「うるさくて」他人に迷惑をかけている人が見られる。それはさすがに看過できない。当該生徒は反省してほしい。

忘れものの多さも気になる。中学生・高校生にもなってそんなに忘れ物が多いものかと感じる。持ってくるのを忘れることもあれば、塾に忘れて帰ることもある。毎週指摘している人がある。気をつけること。

これが一番問題と思うことだが、「自分の予定を把握していない人がいる」。

例えば、関ゼミで時間割変更があり(私が)くどくどと言っているにも関わらず間違える、学校のテスト日程を書き写していない、など。

「ノートをとっていないor雑なノートの取り方をしている」ため友達のノートorテストのためにまとめたモノを借りている人がいる。自分でまとめるべきだ。

まだまだ私を悩ませる行動が多くどうしたらいいか路頭に迷う。

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2018.10.19

[197]将来何をしたいか分からない

昨日は休みをとり、懸案事項の解消に取り掛かった。明日が次のXデーということでひとまず安心。

ん?何が懸案事項?そこはコメントなし。では本題。

「勉強をするから、何をしたいかわかるようになる。勉強をしないから、何をしたいかわからない」

何かの折に目にした言葉である。

「なぜこんなことを勉強しなければいけないのか」と思ったことはあるかもしれない。それについては拙者ブログ[40]基礎作りの途中である[41]将来は約束されていないで紹介した。

将来、自分が何をしたいか決まっていない人(多分多いと思う)への話となるが、[41]将来は約束されていないでも触れているように、私は22年塾講師の仕事を本業としているが、小中学生のころは塾講師になりたい、と思ったことはナイ。私も会社を辞めてから(そのころの話については[176]過去の思い出は美化される傾向にあるで触れている)、自分が何をしたいか分からなかった時期もあった。恩師に相談して塾講師で行こうと決めたいきさつがある。

いろいろ勉強しているうちに「これがしたい」というモノが見つかることもあるから、そのための下積みはしっかりとしておこう。

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2018.10.17

[196]入院生活

今回は私が入院していたときの話である。今入院している人に読んでもらおうと思うが、参考にならない話ではナイかと(参考にならないのかい!ツッコミ)。

その前に一般論だが、入院生活は単調になりがち。よく聞く「楽しみは食事くらい」とか言われるが、まさにそのとおり。食事くらいしか変化がナイので、それを楽しみにするだけでほかに何もないくらい時間が余っている。ただ、今入院していて暇暇暇という状態でも明日あたりサプライズがあったりするかも。

私が入院したのは1度だけで日数は82日間。最初の3日間は地獄のような状況。[186]健康に気をつけようでも触れているが、死が目前まで迫っている状況。転院を1日で2度おこなった。最初入った病院では手に負えず、1泊2日で救命救急センターへ。そこで原因が判明したが、治療する科がその病院になく、その日のうちに2度目の転院となる。3つ目の病院で居場所が確定したが、準集中治療室(HCU)に入れられ、点滴は24時間。あとで聞いた話だとその時飲んでいたプレドニンという薬があったが、1日の点滴量はその薬100個分とか。そんなに飲んだら胃が壊れる。

入院4日目にHCUから総室に移ったが、これ以降は経過観察なので、大きく苦にはならなかった。私の場合は体重が10kgくらい少なくなり、特に太ももがやせているのが自分でも分かるぐらいになった。

余談だが、この時の1ヶ月目の治療点数は20万点。3割負担だと治療費だけで60万円という計算になる(実際は家族が高額療養費制度の手続きをしてくれたのでそんなにもかかっていない)。

私の場合は塾講師なので立ち仕事が多く、できるだけ早く仕事に戻れるように病院の中を歩き回っていた。階段をB3階から8階まで歩いて登るなど、病人とは思えない行動もあった。基本的にすることがナイので違う意味で大変。まあそんなことが言えるくらい体が楽になった証拠でもあるが。

だらだらと何を書いてるのか自分でも分からなくなってきたが、入院生活は貴重な経験にはなったと思っている。

今入院生活を送っているアナタは体力だけはある程度戻して帰らないと帰ってからが大変だから、しっかりリハビリをしよう。

私の場合、しっかりリハビリをしたので3ヶ月弱入院していたにもかかわらず、退院後1週間で仕事に復帰し、その3週間後には授業にも復帰できた。リハビリは大切である。

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2018.10.16

[195]死は分かるのか

皆さんは身近な人を亡くしてしまった、ということはあるだろうか?

大人の方がお読みであればそういうつらい経験があるだろう。生徒の皆さんの中にはまだそういうことがナイかもしれない。

ん?[189]形見の品と同じ書き出しだ。さてはサボっているのか?いや違う。

[155]たいせつなひとで述べた、今年2月と5月に亡くした叔父の話である。

まず、2月に亡くした叔父の話から。
私は日曜日に見舞いに行く予定だったが、前日の土曜日の夕方に息を引き取ってしまった。実は私の両親がこの土曜日の昼に見舞いに行ったようだが、叔父はもうこちらの呼びかけにほとんど反応しなくなっていた。ところが帰り際に満面の笑みを浮かべたそうだ。それを見た私の叔父の妻(私の叔母)は「珍しいこともある」と言ったそうだ。

続いて5月に亡くした叔父の話。
早朝に病院からこの叔父の息子(私の従兄弟)に危篤の電話が入り、できる限り家族親戚筋の人を集めるよう指示がある。この従兄弟は車で病院に向かったが、私の母(この叔父の妹にあたる)は電車・バスが動くのを待って動くことに。そのときの従兄弟の話だが、普段細い目をした叔父が大きく目を開いたそうだ。「珍しいこともある」と思ったようだが、その後、瞼が落ちて、その瞼が再び上がることはなかった。

これとは違うが、祖母(母の母)が亡くなった時の話も。
亡くなる数日前に祖母が道端で蓬を摘んでいたそうだ。近所の人いわく「娘が帰ってくる」と言いながら。この家は坂の上にあって、この坂を下りないとどこへも行けない。晩年は足腰の弱い祖母がその坂を下りてまで行動することなどまったくなかったのに、蓬を摘むべく坂を下りていたのだ。近所の人は「珍しいこともある」と思っていたようだ。「娘が帰ってくる」。親が死んだら帰ってくるのは当然だ。

この3つに共通することは「普段と違う行動がある」ということだ。

人間だれもがそうだが、いつ死ぬかは分からない。しかし、死ぬ直前になれば、自分は死んでしまうということが分かるのであろうか。

ちなみに私も死の世界に足を踏み入れる寸前まで追い込まれたが、死ぬ告知?はなかった。だから、生きて帰れたのであろうか。

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2018.10.15

[194]模試の監督

小学生科に関係のある模試で試験監督の仕事を仰せつかることになり、昨日会場の中学校へ行った。その感想等をいくつか申し上げたい。

ひとつめ。小学生なので多少仕方ない部分はあるが、答案の字が乱雑な子がいること。塾内で雑な字を書いているのも考えモンだが、外部会場模試でそれでは入試が不安。
例えばあなたが採点係を務めるとして、乱雑な字で読めないor読みにくい場合どうするかを考えてほしい。知っている人の答案ならいろいろ考えて〇か×か検討するだろうが、知らない人の答案ならどうするか。大概は読めないから×で終了。この人の点が下がったらナントカ、とかいう感情は入らないだろう。
これはあなたの答案の採点をする入試or模試の担当者も同じ。あなたのことは知らないから、感情など一切入らず×で終了。となるはずだ。
だから、だれが読んでも紛らわしくない字を書くという当たり前のことを心掛けてほしい。

ふたつめ。名前や受験番号を書いていない人のまあ多いこと。私は試験中に指摘するようにしているが、三十数人しかいない教室で名前や受験番号を書いていない人が毎教科5人くらいはいる。入試or模試では必ず名前を最初に書くクセをつけるべきだ。模試ならまだしも、本番(入試)で書き忘れると0点→不合格、となる。気をつけてほしいと思う。

みっつめ。ここだけの話である。えっ?「ブログで書いたらここだけの話にならないと思うけど」だって?そのとおりではあるが、リスクを覚悟して書いてしまおう。
私が関ゼミの前に働いていた塾の生徒がその模試を受けに来ていて、しかも彼女は私の担当する教室にいる。ポーカーフェイスをかましていたが、帰り際に向こうから声をかけられてしまった。もうそこで否定する意味などナイので「あなたのことは覚えている」と答えた。元気に頑張っていることも分かったが、何より覚えていてくれたのが嬉しい限り。彼女は関学中学部を受けるつもりはナイみたいだから、ウチの生徒の敵にはならない模様。頑張って合格を勝ち取ってほしいと思う。

変な話がひとつ入ってしまったが、何某か参考になることでもあれば幸いだ。

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