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2018.08.28

[179]絶対?

前回に続き、言葉遣いの話である。

『よく「絶対」を口にする人』がいる。この「絶対」は何の自信があって言うのだろう。数学の問題のような正解がはっきりしている場合は別として、正解はあっても必ずそうでなければいけないということはナイ、とかの場合、「絶対」を口にすると不快に思う場合がある。

例えば、『あいつは「絶対」宿題を忘れてくる』。実際その人が宿題を忘れるかどうかで一応正解はあるが、その正解に大きな意味はナイ。このようなとき、外れた場合、たいていその人はだんまりを決め込む。今の「絶対」についてどう思うか聞きたい。

明らかに分かりきっている場合は別として、そうでないのに「絶対」を多用するのは絶対によくない。あ、失礼しました。

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2018.08.27

[178]言葉の使い方に気をつけよう

言葉遣いのテーマで文章を書くのはもう何回目か分からないが、今回はこの使い方はよろしくない、と思ったものを書いてみた。

1.「~しよる」
「来週からは涼しくなりよる」のような言葉。「~しよる」は関西弁だが、基本的に目下の人に使う言葉だから、使わないほうが無難だろう。同じ関西弁を使うなら「~しはる」のほうがよさそう。ただこの例文で「来週からは涼しくなりはる」は不自然だが。

2.「~したげる(してあげる)」
「私が持って行ってあげよう」または短くなり「行ったげよう」のような言葉。「あげる」がついたことにより、恩着せがましく感じる。この例文なら「行ってこようか」とか「行こうか」などにしたほうがよさそう。

3.「~したろ」
特に「食うたろ」。「ここ汚いから掃除したろ」「これ余っているから食うたろ」のような言葉。これも「したろ」は「してやろう」という感じで、印象は良くない。「~(し)よう」にするのがよさそう。

言葉遣いというのは難しい。こういう言葉を使うようにしよう、と同時に、このような言葉は使わないようにしよう、というのも大事だ。

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2018.08.23

[177]話しかけやすい人をめざして

いきなりだが脱線話。

なんと先日、今年初の寝坊をしてしまった。朝から自習に来る生徒の相手をするつもりだったが、予定起床時間を過ぎて寝ていた。

幸い生徒より早く着いたのでことなきを得たが、疲れのたまってきているこの時期、お互い様気をつけよう。

また、塾に来たはよいが、明らかに顔色が良くない生徒がいた。その生徒はすぐ帰ったが、体調管理に気をつけてほしいものだ。

長い脱線だったがココから本題。

私の担当している生徒の話である。

家に連絡するために関ゼミの電話を使いたい。その許可をもらおうとしたが、私が授業中のため、事務所にいなかった。
この生徒は授業をしている私のところに来て、電話を使ってもいいか聞きに来た。

事務所に誰もいなかったわけではナイが、私に話しかけるのが一番ハードルが低かったのであろうか。

私としてはありがたい話だが、逆の可能性もあり得る。

私が担当していない生徒が用事で事務所に来たが、私以外の誰もが事務所にいないとき、私に用事を頼まず、そのまま帰ってしまった人もいらっしゃるかも。用事の内容にもよるが、理事長や新田先生でなければ用事が片付かないなら仕方ないが、預かり物をするなど、私でもできるのに敬遠されていないか考えたい。

ということで、できるだけ声をかけて、なるべくハードルを下げるようにしたい。そうは言ってもすべての人に当てはめるのは難しい。できるだけの努力ということになる。

せっかく同じ塾にいる、しかも、ひとクラスが何十人もいるわけではナイのだから、「話しかけにくい」「用事を頼みにくい」ということは、なくなるようにしたい。まして私の第1印象が「怖い」という意見を複数人から聞いているので、よりハードルを下げる努力が必要だ。

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2018.08.20

[176]過去の思い出は美化される傾向にある

個人的な話で始まるが、先日、ラジオで「バンザイ~好きでよかった~」という歌を聞いた。ウルフルズの曲である。ご存知の方もいらっしゃるかも。
これは私が大学を卒業して働き始めた頃に聞いていた懐かしい曲である(トシが分かる?)。

この曲を聴いていた当時のことを思い出した。

当時の私は塾講師ではなくいわゆる普通の「会社員」(今も会社員だが)、いや、宿直があるので普通とは少し違うか。
この会社は合わないと思い、早々に退職してその年の秋(9月)に塾講師デビューしたいきさつがある。なお、退職した会社は決して悪いところではナイ。私と合わなかっただけだ。念のため。

ところでこの会社に入ってよかったか?という質問を受けると、「まあまあ良かった」という答えになるだろう。

当時の私は強く悩んでいた。大学を卒業して入社したばかりの会社を早々に辞めてしまうのはいいのかどうか。しかし我慢の限界はそう遠くなく、5月下旬(6月?)にその会社の副理事長(当時)という役職の人に退職を考えていることを伝えた。そのときは「まだ入社したばかりだし、辞めるのは早くないか」と言われ、とりあえず保留。しかし、その後1か月程度で私が再び退職の意向を示したので、副理事長も首を縦に振らざるを得なくなり、退職は了解される。書類上の退職日は8月20日であるが、8月10日あたりから出社していなかった。引き継ぎが終わっているので、出社しても私のする仕事はもう存在しない。ヘタに新しい仕事をもらってしまうと、私も会社に残る人たちも困るので、休暇を消化することにした。

しかし考えてみると、散々悩んで、我慢の限界を超えないようと相当労力を使って、辞めたはずなのに「まあまあ良かった」と思うのはなぜだろう。

時間が経てば過去の話は都合の良い方向に書きかえられていくように思う。年配の人が「昔はよかった」というのもそのあたりがあるだろう。かくいう私も[115]サウダージのように「昔はよかった」と書いているが。

皆さんも「昔はよかった」と思うことがあるかもしれないが、それは本当に「今が良くなさすぎる」なのか、「単に昔が美化されているだけ」なのか、考えてみてほしい。

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2018.08.18

[175]ものさしの動きが固い

今回のテーマに使った「ものさし」。これは定規のことではなく、「自分の善悪や常識を判断する」ものとして使った。

これが「固い」というのはいつまでも古いことに捉われ過ぎて、新しい状況についていけない状況をあらわしている。

こんなことを言っている人(関ゼミの人ではナイ)がいた。

ニュース「終業式を暑い体育館ではなく、冷房の効いた教室で実施した」に対して「厚かましい、わしらが子供の頃は教室に冷房などなかった」。

まあ、情けない話だ。今日日エアコンを使うなど普通。特に今年の暑さは半端ない。臨機応変に対応すべきだというのは言うまでもない。

皆さんもひとつのことに捉われ過ぎないよう気をつけよう。

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2018.08.15

[174]勉強したつもりになっていないか

「あなたは勉強をちゃんとしていますか?」

普通だが、答えが2通りある。

「しています」「していません」

ここで、「していません」と答えた人の中には本当にしていない人と、謙遜している人とがいらっしゃる。

逆に「しています」と答えた人に注目したい。

中には「していない」のに「しています」と答えている人がいらっしゃる。これは(怒られるからとかの理由で)嘘をついている人も入っている。

しかし、一番の問題は「自分ではしている」と思っているが、傍から見れば「勉強した内に入っていない」人、つまり、「自分では勉強しているつもりになっている人」だ。

例えば、勉強中にスマホの触る時間が多い、答えを写しているだけ、など。

自分が勉強しているかもう一度考え直してほしい。

また、こちらから「勉強していない」人には声をかけるようにしていこうと思う。傍から見て勉強していないと感じる人は何かがマズいはずだから、改善を求めたい。

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2018.08.13

[173]塵沙

気がつけば棚や窓に埃がいっぱい付いていた。
このような経験のある人は多いだろう。家でそんな経験をしたことがない、という人は掃除がよほど徹底されている証拠だと言える。
しかし、当たり前だが、ここに埃を置いてやろう、などという考えがあったから埃が増えた、などということは考えられない。自分の意図しない状況であるはずだ。

このように、自分では意識していないが、知らず知らずのうちに人に迷惑をかけてしまっている、などということはナイだろうか。

例えば、自習室で雑談していてほかの人の自習の妨げになっている、授業中に勝手に違うことをしているのに自分の勉強の質問をする、などが挙げられる。

人の解釈はさまざまであるから、知らず知らずのうちに迷惑をかけている、ということはあり得る。そのようなことのないよう、お互い様気をつけよう。

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2018.08.11

[172]困った患者

夏休みに入る直前に成績面で聞きたくない話が何人かからあった。夏休みに努力して取り返すようにしてほしいところであった。
私はこのとき、ほぼほぼ同じ答えを申し上げている。

「夏休み中は自習に来させてください」

本人にも「自習に来なさい」
と申し上げている。聞いた人もいらっしゃるだろう。

ところが、困ったことが2つもある。

①申し上げた人が自習に来ていない。
②勉強方法がマズい。

具体的に申し上げよう。

①は具体的もへったくれもない、そのままである。とりま自習に来てもらい、授業の合間に分かっていないところを見てみようと思っているが、当の本人がいないのにどうやって解決できようか(反語)。
②夏休みの宿題をしているが、解答を写して終了。解答を写すなら、その後、きちんと見直すべきである。それをせずして理解できるなんてことがあろうか(やはり反語)。

「ある数学者は、自分は生命を燃焼させて数学の研究に取り組んでいる」
私が高校生のとき、卒アルで自分の一言を書く欄があり、そこに当時の私が書いた言葉である。

これは[7]勉強に対する考え方でも書いた文で再掲であるが、勉強に対してもう少し気合いが欲しい。

その一方であの人たちは受験生でないのに自習に来る回数が非常に多い。9月になればこの差は大きく出るだろう。

今日のタイトルを「困った患者」とした。あなたが医師だとして、この薬を飲んでください、と言って薬を渡したとする。ところが患者がその薬を飲まずに「病気が治りません」と言われるとどう感じるか。私から見れば、自習に来るように言っても来ない人はまさにこの「困った患者」と同じ状況だ。

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2018.08.03

[171]天才とは?

天才とは努力する凡才のことである。

これはアインシュタインの名言である。

自分は勉強ができないから、という発言を聞くが、本当にそうだろうか。「そんな言葉は発したことはナイ」という人はさておき、本当に勉強ができないと思い込んでいる人には文頭にある言葉をしっかり胸に刻んでほしい。

努力を軽視している人は、今後の人生で踏ん張らなければいけないときに負けてしまうだろう。

皆で「天才」になろう。

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2018.08.01

[170]過去の話

いきなりだが、皆さんに問うてみよう。私が昔、実際に塾生におこなったことは次のうちどれか考えてもらいたい。

①塾生をボーリングに連れていく
②塾生を遊園地に連れていく
③塾でクリスマスパーティを開く

いかがでしょうか。

答えは「全部」。私の教え子で3地区にお住まいの方なら「あったあった」と言ってくれるだろう。でも、3地区の人がこのブログを読んでいる確率はゼロに限りなく近い。

①私の家から徒歩10分くらいのところにボーリング場があったので、片道1時間半かけて生徒たちが来てくれたことを覚えている。
②遊園地と言ってもユニバとかではなく、今は無き「ポートピアランド」である。現在ポーアイにある「IKEA」のあたりに存在していた。
ポートピアランドのホームページがあった。
③これはもう解説不要。

どれも懐かしいと思う反面、その頃の塾は相当緩かったことも分かる。

内容のないブログになったが、今回はこれで終了。感想お待ちしております。右にある「コメント」をクリックして書き込んでください。

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